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居間。たたみにすわるぼく。目の前には、カキをもったさら。
地めんにおとしてわってしまったカキを、母さんにむいてもらったのだ。へましたぶんを、自分のはらにおさめる――そういうことだ。
カキを食べるついでというわけじゃないけれど、図書室でかりてきた本を読む。
『森にあるもの森とあるもの』は、森のようせいや、大地のようせいが出てくる話だった。
「おっ。本を読んでいるのか。めずらしいな」
畑からもどった父さんが、土間から上がってきた。
「べつに、めずらしくはないよ。図書室で本をかりてきたから、フツーに読んでいるだけ」
そんなに多くは読まないかもしれないけれど。めずらしい、だなんて言われるほどじゃないよ、うん。
「そうか。学校でかりてきたのか」
と、父さんはにやけてうなずいた。なんだか、うれしそうだった。
「ねぇっ。さっき、畑でさ。その……女の子といたでしょ?」
やっぱり、聞かずにはいられない。
「ああ、いたよ。ナスのしゅうかくをてつだってもらったんだ」
「あの子、だれ?」
「さぁて。名前は聞かなかったな。このあたりに、ひさしぶりにあそびにきたって言っていたよ」
「そうなんだ」
あそびに、ね。
「せっかくだから、ナスを少し持って帰ってもらおうと思ったんだけどね。えんりょされちゃったよ」
と、父さんは頭をかいてわらった。
「ま、ナスじゃね。ちょっと弱いかも」
「……直太は、カキをちぎったのか」
父さんは、ぼくの前におかれたカキのさらを見た。さらにはまだ、カキが半分ぐらいのこっている。
「あまかったか?」
「うん。さとうがしみ出てくるんじゃないか、っていうぐらい」
これは、まったく大げさじゃない。ぼくがおっことしたいがいはバッチリだった。
「そうかぁ。……十ばかり下げて持ってきてくれればよかったのに。カキだったら、ちがうへんじを聞けたのかもしれないね」
と、父さんはふくろを下げるまねをした。
「あぁ……。そこまで気が回らなかった」
よくわからない女の子だったし。こわかったし。
「あの子はもうこないかもしれないけど。今度、だれかがきた時にはちょうせんしてみてくれよ」
「うん。きかいがあったらね」
と、言っておく。
家にカキの木がある人にカキをあげてもめいわくになりがちだから、気をつけないといけないんだよね。……あの子のところは、どうだったのかな? 気にしてもしかたないけど。
「ところで、どんな本を読んでいるんだ?」
「う〜ん。『森にあるもの森とあるもの』という童話だよ」
「えぇっ」
と、父さんがのぞきこんできた。
「どうかしたの?」
「ひさしぶりに聞いたタイトルだな、と思ってね。父さんも、小学生のころ、その本かりたよ」
「そうなの?」
ちょっとおどろいた。
「ひょっとして、本そのものが同じだったりするのかな。……おわりの方に、だれかのらくがきがあってね、父さんがけしごむでけしたおぼえがあるな。一度は、そのままへんきゃくしたんだけれど、気になって、もう一度かりてけしたんだ」
「そうなんだ……」
めくってみると、たしかにおわりの方にらくがきをけしごむでけしたようなあとがある。
「ああ、そこそこ。やっぱり、同じ本なんだな」
「へぇっ」
父さんが小学生のころにかりた本を、ぼくもかりて帰るだなんて。なんだか、へんな感じ。
「二十年いじょう後に、ふたたびうちにくるなんてね」
わらった父さんは、ふとまじめな顔になった。
「あぁ、そうか。そういうことか。なるほど」
父さんは、ゆったりうなずいた。
「なにが、なるほどなの?」
たずねたけれど、父さんはやんわりとしたえみをうかべるばかりだった。
「ひさしぶり、か。そうだね、ひさしぶりだね」
父さんはかがんで、小学生のころの自分がけしごむでけしたあとをゆびでなぞった。
(おわり)
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