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なやの前まで行ってみる。タロウがはしゃいだりしないよう、父さんに気づかれないよう、しぜんな感じでそっと。
そして目にしたのは、しめられた戸だった。なやの中に入って戸をしめるなんて、少なくともぼくはしたことがなかった。
「おおい、いるんだろう?」
と、父さんの声。
ぼくがいるのがバレちゃった? と、思ったけれど。父さんが戸をあけてくるなんてことはなかった。――どうやら。ぼくではなく、なやにいるだれかに声をかけているらしい。
「いるんだろう? おもち、買ってきたぞ。あん入りだぞ」
父さんがよびかける。
やっぱり、父さんが手にしていたのはあんもちのパックだったのだ。
「おおぅ。あんこ入りのもちかぁ」
声がして、はしごが鳴った。なやの二かいは、ものおきになっている。そこにだれかいて、下りてきたみたいだった。
そして。声には聞きおぼえがあった。
「元男にしては気がきくな」
その、だれかが父さんをよびすてる。
やっぱりそうだ。この声は。まちがいない。
丸ぼうずで、そでなしのシャツに短パン、ゴムぞうりというかっこうをしていた、あの男の子だ。一月と、ウメをちぎった……六月に会った、あの男の子だ。
下りてきたのは――あの、ぼくらとはべつななにかじゃないのかな、と感じさせる男の子。急にあらわれたり、きえたり。カラスをよせつけなくさせたり、あのかっこうでウメをちぎって引っかききずの一つもできなかったり。そんな、そんざい。
あんもちをわざわざ持って行ったんだから、父さんはあの子のことを前から知っていたことになる。うん。男の子の方からは聞いていたし、そうだろうと思っていた。
「気がきく、というか。しちりんでやいたおもちを食べに、また、直太の前に出てきたりしないように、だよ。これを食べて、一月はおとなしくしておいてくれ」
「あれはあれでうまいんだ。べつものだぞ。……なんだ、つぶあんじゃないか」
むぐむぐ、と男の子。早くも、あんもちにかぶりついたらしい。
「なかったんだよ、こしあんのは。……直太をかかわらせたくないんだ。わかるよな?」
後半、いつもの父さんの口ぶりじゃなくなっていた。そんな気がする。
「たしかに、きけんはあるからな。だけどそんなにしんぱいするな。あれはあれで、いい感じだ。やわというほどじゃないし、チカラもそれなりだ。直太がその気なら、おいらはよろこんで手をかすぞ」
「危ないからだとか、そういうしんぱいもあるが。――あの子には、すきなように歩んでほしい。自分の人生なのだから。そう思う方が強い」
「ふぅん?」
「本家からのれんらくもなくなった。もういいだろう。わたしでおわりにする。本家がチカラをうしない、土地をはなれて三十年になる。もういいだろう」
おし出すような父さんの声。
本家? 本家って? よくわからない……。
「とんでもないことになるかもしれないぞ」
「どうかな? あんがい、なんでもないかもしれない」
と、父さんはいきをつく。
「親がやっているからといって、その子どももやらなければならないなんてことはない。親がやっているからといって、その子どももやっていいということにはならない。――美化してはいけない、考えることをやめてはいけない」
「元男ならそんな感じか。直太を畑に入れてるのは、またべつの、生き物のきほんの話だからな。まぁいい。けどな。つとまるのなら、親がやっていることを子どもが引きついでもいいんだ。それは、たしかだ」
男の子かふまんそうに言った。そして、むぐむぐ。
「やっていることをちゃんと見せたなら、直太のやつ、自分からやりたいと言い出すかもしれないぞ。それは、すきなように歩むことになるんじゃないのか?」
「うん。そうかもしれない」
父さんの声がおだやかになった。
「だけどね。直太はあんまり本を読まないから。家と学校をかぎられたしてんから見ただけで、自分の生き方を決めてしまうだなんて。それこそとんでもないよ。本に書かれてあることが正しいとはかぎらないし、どう読むかは読み手の自由なのだけど。まずは本をたくさん読んで、いろいろなものをうけとってほしい。それからなんだよ」
と、父さんがまたいきをついた。
「直太は本を読まないかぁ」
クフフ、と男の子。
「わらいごとじゃないぞ。せっかく、すきなだけ本を読めるというのに」
「とは言ってもな。むりやり読ませる、ってわけにもいかないからなぁ」
男の子の口ぶりは楽しそうだ。
「どんな形でもいいから、読書につなげてほしいのだけどね」
むぅ、と父さんはうめいてしまった。
あぁ……。本を読む読まないの話になっちゃったか。
しのびない。
本。本、か。
ぼくなりに読んでいるつもりだけど。でも、ぜんぜん足りていないのかな? ちょっと重たい、居心地わるい……。
父さんたちの話はまだ続いていたけれど。ぼくは、きた時と同じように、その場をそっとはなれて家にもどった。
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