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実さんが若年性アルツハイマーだと診断されて数年。実さんは少しずつ思い出を忘れていき、美羽が結婚した二年前には、もう美羽のことも私のこともわからなくなった。
毎日のように吹いていたフルートももう吹けなくなって、交響楽団も退団して、私が仕事に行っている昼間はヘルパーさんに来てもらっている。
ここ最近、実さんの認知症はさらに悪化した。徘徊をしたり、「財布がない」と言って家中を探し回ったりする。そのため、さらに目が離せない。
「塔子さん!塔子さん!どこにいるんだい?塔子さん!塔子さん!」
夜の二十二時過ぎ、私の名前を呼びながら実さんは家を出て、桜並木の道をウロウロと歩いている。私は慌てて実さんの手を掴んだ。
「実さん、私はここにいます!私が塔子ですよ!」
その瞬間、実さんは私を見た。その顔はあの頃の優しい表情じゃなく、鬼のような恐ろしい顔だ。こんなにも怒っている彼を見るのは初めてで、肩が大きく震える。
「お前は塔子さんじゃない!!」
実さんはそう私を怒鳴り付けると、また私の名前を呼び、歩き始める。目の前に私はいる。でも実さんはわかっていない。
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