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(でも、名前だけは覚えていてくれている)
思い出が実さんの中で消えてしまったことは悲しい。でも、私の名前だけは実さんの中でまだ生きている。
自分が嬉しいのか悲しいのかわからない。ただ、実さんの手を必死に掴みながら涙を拭った。
それから数日後、家に美羽が一人で帰って来た。その手に介護施設のパンフレットをいくつも持って。
「お母さんからお父さんの最近の話を聞いて、もう施設に入れるべきだと思ったの。このままじゃ夜中に徘徊して行方不明になったり、車に轢かれちゃうかもしれないじゃない」
リビングのテーブルに美羽がパンフレットを並べ、言う。私はソファに座ってテレビを見ている実さんを見た。そして首を横に振る。
「美羽、気持ちは嬉しいけどお父さんを施設に入れる気はないから」
「でも、お父さんはどんどん悪くなってるんでしょ?」
「もう私のことは名前しか覚えてない。それでも、お母さんはお父さんと一緒にいたいの。一緒にいるって約束したんだから」
「そんな約束を守り続けて、お母さんが倒れちゃったらどうするのよ!?」
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