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美羽はそう言い、私の手を引いて鏡の前へと連れて行く。そこには髪がボサボサになって、目の下に隈ができて、疲れ切った私がいた。
「お父さん、言ってたよ。お母さんはいつも綺麗で笑顔で明るくて一緒にいて幸せだって。お母さん、最近この家で笑った?」
今の私は真逆だ。実さんから目が離せないから美容室に行けないし、夜中に徘徊することもあるからまともに眠れないし、実さんに笑顔を向けたことはもうない。でも……。
「お母さんはお父さんのそばにいたいの!施設に入れるなんて、そんなのお父さんを捨てるみたいじゃない!お父さんはもうお母さんのことなんて名前しか覚えてない。それでも私はお父さんが好きなの。お父さんが吹いてくれたフルートの音も、並木道での思い出も、全部頭の中にある!施設になんて絶対に入れない!」
「うるさい!!」
ソファに座っていた実さんが私を怒鳴り付け、リビングを出て行く。私が肩を震わせていると、美羽がお腹に手を当てながら言った。
「認知症の人は、大きな物音や声はストレスになってしまうことがあるんだって。……お母さん、私、妊娠してるの。介護を一緒にしたくてもできないし、この子が産まれたら泣き声でお父さんのストレスがさらに増すかもしれない」
驚き、喜び、悲しみ、恐怖、色んな感情が心の中で混ざり合っていく。涙を必死に堪える私の手を美羽は優しく包み込んだ。
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