並木道〜病める時も、健やかなる時も、あなたと〜

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葉桜の下で、一人の男性がフルートを演奏していた。春風が彼の前髪をサラリと撫で、月明かりが淡いスポットライトを当てている。どこか幻想的でとても美しく、私は目が離せなかった。 私の視線に気付いたのか、男性が演奏をやめて「こんばんは」と声をかけてくる。私は慌てて「ごめんなさい!綺麗な音が聞こえてきたのでつい……」と謝った。男性はニコリと微笑む。 「謝らないでください。観客が来てくれるというのは、演奏者にとって嬉しいことですから。では続きをお聴きください。メンデルスゾーンの春の歌です」 男性はお辞儀をした後、再びフルートを演奏し始める。明るく澄んだ音が夜の中に響いていく。これが、実さんとの出会いだった。 実さんは地元の交響楽団に所属していて、桜並木の道はよく練習する場所なのだと話していた。お金に余裕がある楽団ではないため、住んでいるのは防音室のある部屋ではないからだそう。 きっと、互いに一目惚れしていたんだと思う。あの日から私は桜並木の道に足を運んでは、実さんのフルートを聴いた。クラシックなんて一つもわからないのに、実さんの素敵な演奏を聴いているフリをして、今日も彼を見つめる。
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