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そんな美羽も一年経つ頃にはすっかり大きくなって、今は実さんと私と桜の並木道をヨチヨチ歩いている。
「実さん、カメラの準備いい?」
「大丈夫!」
実さんが美羽と私から離れたところでしゃがみ、ビデオカメラを構える。私は美羽の小さな手を取り、カメラに向かって歩いていく。
「一年でこんなに大きくなるものなんだね」
実さんがそう言い涙ぐむ。すると、実さんの頭に桜の花びらが落ちてきた。
「花びらついてる」
私がそう言って笑うと、私の笑い声に釣られたかのように美羽も声を出して笑い出す。実さんも頭についた花びらを取り、それを美羽に見せて笑った。
並木道での思い出が増えていくたびに、季節と時間は巡っていった。あんなに小さかった美羽も大学を卒業し、他県へ就職してしまった。
(夫婦二人の時間が、また当たり前になっていくんだよね)
二人きりの時間をどう過ごそう?旅行に行ってもいいし、犬や猫を飼うのもいいかもしれない。そんな穏やかな未来を私は想像していたけど、その想像は少しずつ壊されていった。
「塔子さん、楽譜知らない?」
「ご飯を食べたら弾くからってテーブルに置いたでしょ?」
「えっ?僕、そんなこと言ったっけ?」
「言ってたよ」
こんなやり取りが最近増えた。実さんは、物忘れをするようになっていった。
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