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「俺は、お前の方がうらやましいよ」
広次がこぼした。
「俺の論文はあくまで特殊なケースだ。それよりも、神経内科専門医の取得、お前の方がリードしてるじゃないか」
神経内科専門医は内科専門医を取得していないと称号を得ることはできない。その点において、伸明は広次をリードしている。広次は、大学院で4年間研究をしたため、臨床に立っていない。臨床分野で頑張ってきた伸明はすでに内科専門医を取得済なのだ。
「でも広次、神経内科の助教のポストは回ってきそうじゃないか」
博士号を取得した広次は、大学教員のポストに容易につけるだろう。
「一番下っ端じゃねえ。もちろん、教授目指すなら必要なポストなんだけど、大見教授はあと4年で退官だ。神経内科の准教授は内部に対して優しいし、患者受けもいいが、いかんせん研究業績がいまいちだ。十中八九山波の教授として昇格できないだろう。多分外部から教授が招かれる。その教授と馬が合わなかったら、助教でコツコツ業績を積み上げても階段を降ろされる可能性が高い」
広次はコーヒーカップを傾け、茶色い液体を飲み干した。
「俺は、大学に残るかはまだ検討中だ。確かに研究ができ、色々な症例を学べるのはありがたいが、人間関係に疲れてきたよ」
伸明はため息をついた。
伸明は、生まれも育ちも山波だ。幼いころから勉強ができ、将来東大に行くか、医学部に行くかを悩み、地元山波大の医学部へ進学した。
対して広次は東京都出身だ。出身校は東大合格者を何十人と輩出する超有名校。その中において、広次は地方の国立大学である、山波大学にしか受からなかった。都落ちしたコンプレックスを未だに持っているのだろう。
上昇意識が高いことは活力につながるが、上ばかりを眺めていると、何かの拍子に路傍の石ころを踏んづけて、転んでしまうかもしれない。
伸明は友人の、権力志向を危ぶんだ。
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