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腐っても名門私立だ。愛は将来設計を研究から営業にチェンジした。そして、中日本製薬の営業職、MRを職業として選んだ。
中日本製薬はそこそこの規模の医薬品メーカーで、会社の半分は大手と組んで新薬開発を行い、もう半分はジェネリック医薬品を製造し、販売している。
ジェネリック医薬品とは、先発メーカーの開発特許が切れた医薬品を、後から製造した医薬品で、開発費がかからない分先発医薬品よりも安い。さらに、中日本製薬のジェネリック医薬品は、大幅な設備投資をして生産の合理化を図ったため、他のどのメーカーのジェネリック医薬品よりも安価で販売されている。
同じ効き目で最も安い。
中日本最大の営業文句だ。
中日本製薬は工場が山波にあり、この地区での信頼はあつい。山波で開業している薬局や医院のほとんどが、山波のジェネリック医薬品を採用している。
しかし、一つだけ、山波のメーカーを受け入れない大きな市場がある。
山波大学の抗てんかん薬部門だ。
てんかんとは、ものすごくおおざっぱに言えば、大脳神経細胞の異常によって、一瞬意識が飛ぶなどの発作が起こる病気だ。
山波大学病院では、抗てんかん薬は血中濃度の維持がとても大切という理由で、先発医薬品しか使わない。それも、処方箋も出さずに院内製剤で患者さんに渡している。
神経内科の方針で、一切、どこのジェネリック医薬品も使用しないのだ。
愛の使命は、山波大学病院の抗てんかん薬を自社のジェネリックに置き換えてもらうことだ。それには多大な労力が必要なことを理解していた。
先任のMRは、55歳の大ベテラン。会社の留学システムで博士号まで取得した中日本製薬のエースだ。大学病院と市民病院は中日本の最重要顧客のため、普通ならば博士号持ちの人材が情報を提供する。
その慣例を破って、新人に毛が生えたような愛に大学病院の仕事が回ってきた。大きなチャンスだが、はっきり言って会社からは期待されていないだろう。
中日本製薬の博士号持ちのエースがデータを駆使し、論理的に説明しても納得が得られなかった市場だ。愛は、自分に担当が回ってきた意味を理解したつもりがした。つまり、若い女の子が一生懸命がんばる姿を見れば、意見が変わるかもしれないという淡い期待だ。情に訴える作戦だろう。
会社の戦略だろうが、大学病院という金の鉱脈を任された。売り込みに成功すれば、MRとして名をはせる。大先輩のように、会社の後押しで社会人博士号を取得するチャンスがめぐってくるかもしれない。
愛は深呼吸をして、失礼にならない程度にお気に入りのアロマオイルを一吹きする。ノートパソコンが入ったカバンを握りしめ、カラフルにデザインされた病院の門をくぐった。
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