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「ジェネリックって、あるの?」
「はい。ご用意できます。よろしければ後日、見本品を届けにうかがいます」
「そうなの。じゃ、悪いけどお願いしようかな」
意外な販路が開けた。
愛は休日返上で勉強会に顔を出してよかったと思った。
「DHAって、脂質異常症の薬でしょ。今度、うつで高脂血症の患者さんに、スタチンを止めてこっちを処方してみようかな」
スタチンとは、代表的な脂質異常症の薬だ。意外と知られていないことだが、日本人が発見した薬である。。
遠藤章という科学者が、1973年、彼は約6000種類ものカビを二年かけて選別し、青カビの一種からメバスタチンを発見した。
マウスやラットには効かず、開発は難航を極めたが、ニワトリなどでは脂質異常が劇的に改善し、今では世界中で使用されている。
「動物実験が、そのまま人間に当てはまるとは限らない」
助教がくぎを刺した。
「でも、軽度の異常症ならいいかもな。でも、出血傾向のある患者さんには要注意だ」
「しかしこの研究結果、また怪しげな健康食品に使われるんだろうな」
小児科レジデントが紙面を指で叩き、ため息をついた。
確かにDHAはサプリで販売されている。薬機法(旧薬事法)違反の宣伝文句がウェブをにぎわす日は近いのかもしれない。
「最近の精神科って、どんな感じなの?」
伸明の問いに、
「心理領域にくっつきすぎ」
と女医が嫌そうな返事を返した。
「臨床、ええと、今は公認心理士って言うらしいけど、研究の半分はそっちと共同研究になってる。教授は山波大の心理学部と、近くにある私立四天王大学の心理学部とも仲良くなっておいて、地盤を広げたいみたいなの。こっちが保険診療で、一回数千円で患者さん診てるのに、心理士チームは自由診療だから効果があるかよく分からないカウンセリングで一時間一万円を稼いでる。嫌になるわ。心理士さんは、大人しくIQの測定だけやっていればいいのに」
精神科教室は心理学の教室のバックアップを得たい様子だ。愛にも院内政治が見えてきた。
「さて、余談はこのくらいにして、今度は俺の見つけた論文を読もうか」
伸明が論文を広げる。小さく、愛にウインクをした。心が浮き立つ。抄読会で読む予定の論文のチョイスを、愛は手伝ったのだ。
白衣を着て、真剣な表情をする伸明。穏やかな表情で、真摯に学問と向き合っている。その所作が、横顔がかっこいい。
ワイルドで活動的な広次先生も出席していれば言う事無しだけれど、医師は忙しいのだから仕方がない。
「俺の論文は『授乳期の短鎖脂肪酸が子の気管支喘息を改善する』だ。出典は『Gut Microbes』」
それぞれの医師がページをめくる。
「これも、さっきの論文と同じ、マウスを用いた動物レベルの実験なんだけど、プロピオン酸をエサに加えたマウスは、GPR41受容体経路を介して、喘息症状が改善したと報告されている」
伸明の説明に、「ほう」、「面白い」と声が上がる。
「ヒトでも解析やってるな。北口、そこの解説も頼む」
精神科の助教が先を促した。
「ええと、ヒト出生コホートにおいて、気管支喘息の人の糞便に含まれるプロピオン酸をガスクロマトグラフィーで調べたところ、プロピオン酸濃度の低下がみられました。つまり、プロピオン酸を必要とする腸内環境が作られれば喘息は減るかもしれないということです」
「ヒトでのデータがあるのが説得力あるね」
小児科のレジデントが少し興奮した様子で口を開いた。
「ただ、この成果は、産婦人科領域の方が適しているかな。今後、小児科領域で広がる可能性には満ちているけど。創薬さんはどう思うの?」
いきなり愛に話題を振られた。
びくっとしたが、論文は事前に伸明と読んでいる。
「喘息抑制効果のある受容体が発見できましたので、今後はその部位をターゲットにした創薬が進められると思います。また、乳酸菌のように、腸内環境を整える微生物薬を創る可能性も見えてきました。早速、弊社の研究部門に最新の知見を届けたいと思っております」
よどみなく返答できた。
「さすが、呼吸器内科出身の北口先生が見つけた論文ね。喘息と、微生物、免疫、広い分野にまたがった内容、興味深かったわ。来てよかった」
精神科の女医が、話ながら愛に挑戦的な目線を送った。愛が伸明に好意をいだいていることを見破ったのだろうか。そんな読心術ができるのか。よくは分からないが、精神科は奥が深そうだ。
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