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最初の試練
山波大学病院は、5年前に改装されたばかりなので清潔感に満ちている。
愛が去年営業と、あいさつ回りをしていたしみったれた開業医が経営する診療所とは別格の風格がある。
まず目に入るのは、窓の多さだ。きれいな桜がよく見える。廊下はゴムのような柔らかな素材でできており、靴音が全く響かない。白衣の看護師さんが銀色の、大きな手押し車を押して小走りしていたが、耳障りな音が一切ない。
愛は一瞬、見とれてしまった。
待合室や会計は電子化されて、患者さんを番号で呼び出すシステムが完備されている。診察室は同じ科で、第6診察室まである。全てが巨大な建物だ。
愛は時計を見た。待ち合わせの時間まであと30分。初日に遅刻するわけにはいかない。なるべく人の往来を邪魔しないように廊下の端を通り、研究室がある大学棟へ向かう。広い建物だ。愛は案内図を見ながら歩く。
まずい、迷ったかもしれないと冷や汗をかいたが、大学棟への直通通路を見つけて一安心した。一本道を通り、研究棟へ向かう。
大学の研究棟には数々のドアがあった。愛は廊下の案内図を見る。循環器内科、呼吸器内科、神経内科、と3つの講座が表示されている。各講座は、教授室と医員室の他に、3つか4つの研究室を運営しているようだ。間違って他の研究室に顔を出すのは失礼だろう。中にはバイオハザードマークのついた扉もある。
きょろきょろと左右を見ながら、愛は目的の神経内科教授室を探し当てた。扉には、『教授、在室』とプレートがある。愛は腕時計を見る。まだ11時40分。20分の余裕がある。
医師の仕事は激務だ。MRは、その勤務の隙間時間を使って、薬の情報を届け、時には営業しなければならない。ある意味医師よりも過酷なのだ。その代わり、給料はよい。愛はまだ27歳だが、手取りは500万円を超える。
事前に暗記していた事項を思い返す。
大見源一郎教授。61歳。山波大学医学部卒業。同大学で医学博士を取得。山波大の純血種だ。成人てんかんの権威で、てんかん治療ガイドライン策定の経験がある。
大見教授は20分という時間を早すぎだと思う人物だろうか。いや、先任にはそこまで時間にうるさい人だとは聞いていない。愛は大きく深呼吸をし、鼓動を抑えながら、扉をノックした。
「どうぞ」
と女性の声がした。
愛はびくっと震えた。どうして初老の男性の教室から若そうな女の声がするのか。
扉ががらっと開く。
目の覚めるような美人が立っていた。
年は30代半ばくらいだろうか。整った顔、知性をうかがわせるような黒い瞳。モデルのような高い鼻。形のよいくちびるには、薄く口紅が塗られていた。
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