若手医師の会

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「公立病院の方はどうだ? さすがに私立と違ってやりたい放題はできないだろう」  小児科医が意見を述べながら、ページをめくった。  公立病院の立て直しは、私立病院の時とは全く違うアプローチをしていた。    愛は事前に事細かに力人から説明をきいていたが、読者の、医師の反応を見たいため、無知を装った。  第一に不採算部門の縮小。  高額な薬剤が必要ながん病床は縮小して、腫瘍内科医も常勤一人だけにした。難しい患者は即、専門病院に紹介状を書く。  第二に、MRI(磁気で体内をスキャンする検査装置)。3テスラの高級品の購入はあきらめ、もともと病院が持っていた1.5テスラの機器をフル活用するプランが策定された。  他にも、高齢者の過剰受診を控えさせるため、門前の薬局と、ケアマネージャーとタッグを組み、自宅治療や介護のレベルアップを図る。  病院内で十人前後のチームを作り、経費節減を競わせる。結果は、ボーナスの額として反映する。負けたチームは5%、ボーナスをカットされ、勝った、すなわち経費を節減させたチームには、3%、ボーナスを加算する。 「私立病院のアクロバットさと比べると、堅実なプランだな。宇山って人は、直球でも、変化球でも投げられる投手ということを印象づける論文だ」  精神科助教がうなり声を出した。 「『山波大学医学部 年間研究雑誌』に投稿したのも戦略だと思う」  精神科の女医が同調する。 「この雑誌って、山波大医学部以外にはほとんど読まれないけど、逆に山波の人間ならかなりの人数が読む雑誌よ。畑違いの、経済や経営学の雑誌に投稿するよりも、はるかにインパクトが強いと思うわ」  力人は「恥ずかしい」と謙遜していたが、その実山波大学に一番ストレートに伝わる媒体に論文を載せるという戦略だったのかもしれない。 「おっと、もう6時だ。夏至が近いから、まだ昼だと思ってたけど、とっくに夜だ。俺は失礼するよ」  小児科レジデントが壁掛け時計を見て、慌てた様子で医局から出て行った。 「なかなか有意義な会だったよ。ドーナツで腹が膨れたから、夜だとは気づかなかった」  伸明の言葉で、勉強会はお開きになった。
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