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「薬剤部長が県の病院薬剤師会会長を務めているから、雑用が回ってくることもある。それにも耐えて、病院薬剤師会認定薬剤師の試験もクリアしなきゃならない。やることいっぱいよ」
「それで、勝算はどうなの?」
「今のところ、山波大薬学部出身の女がライバル。彼女を蹴落とせば、十分常勤のポストに手が届くと思う。だけど、彼女は精神科専門薬剤師候補として育てられている。こっちはてんかん専門薬剤師なんかないから不利。ビガバトリン処方登録薬剤師を目指す道しかない」
専門薬剤師は、がん専門薬剤師、感染制御専門薬剤師と、医師のように専門性に特化した薬剤師だ。論文の提出など、超えるべきハードルは高い。
ただ、場所が大学病院で、教育機関でもあるので、症例は集まる。先輩もいる。論文を書くことにも指導者がつくので一般の病院よりも取得に有利だ。陽子が山波大学病院に固執するのも分かる。
ビガバトリン処方登録薬剤師とは、点頭てんかんという、極めて珍しいてんかんの治療薬、ビガバトリンを使用できる薬剤師だ。ビガバトリンは、患者の3分の1に視野狭窄を引き起こす副作用の強い薬剤だ。ビガバトリン処方登録薬剤師になれば、大学病院の貴重な戦力になる。陽子はてんかん領域で、その地位を狙っているのだなと思った。
「ところで、医療経済学教授選、何か聞いてない?」
愛はさりげなく話題を変えた。
「あんまり下の方まで情報は回ってないんだけど、公衆衛生の丸道先生が出るみたいね。あの人、医学部の教室を増やしたいらしいから、薬剤部の常勤ポストが増えるかも。愛にはかわいそうだけど、結構応援してる。もちろん中日本の候補も好きだけどね。後は外部から権威のある先生を連れてくるかもしれないって」
大方、愛の知っている情報通りだった。
だが一つ、丸道准教授が教室を増やすという狙いを持っているということは初耳だった。頭にメモをしておく。
「ありがと。話が聞けて、嬉しかった。メールだけだと少し味気ないもんね」
「愛はオヤジくさいなあ。でも、私も話せてよかったよ。おやすみなさい」
陽子との電話が切れた。
愛はスマートフォンを枕に置き、シャワールームへ向かった。専用の引き出しから下着を取り出し、ストッキングを脱いだ。足が解放感に包まれる。一糸まとわぬ姿になって、熱いシャワーを浴びる。つかのまの休息だ。愛はボディーソープを泡立て、全身をくまなく洗い、最後はアロマの香るシャンプーで、念入りに頭を洗った。
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