最初の試練

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 女性が柔和な笑みを浮かべた。 「初めまして。大見教授の秘書を務めております、秋島麗(あしきまれい)と申します。えっと、あなたはランチミーティングのご予定の、中日本製薬様ですか?」  そうか。秘書か。一介の開業医ではない、大学の偉い教授ならば、秘書の一人二人は居て当然だ。愛は小さな混乱がおさまり、ふうと一息ついた。 「初めまして。本日のランチミーティングを務めさせていただきます、神山愛と申します」  愛は一礼して、名刺を手渡した。 「大見教授は今、論文の査読(さどく)をしていて手が離せません。時間まで応接スペースで待ちますか?」  麗がぐいっと教授室の扉を全開にした。  教授室は、二つのスペースからなっていた。一つは麗のテーブルの後ろにある大きな扉。そこが大見教授の私的なスペースなのだろう。愛に示された場所は、教授室に入ってすぐの、皮張りのソファーがある一角だった。壁一面には本棚があり、立派な装丁の本や、カラフルな表紙の『Nature』、『Cell』といった海外の専門誌が飾られている。  高級そうなソファーだが、座っても疲れがとれないどころか、余計緊張してしまうだろう。 「あ、すみませんが、先にミーティング会場でセッティングさせていただけますか?」 「分かりました。では、こちらへお越しください」  麗が教授室を出た。赤いスーツだが、見た目ほど派手ではなく、落ち着いた雰囲気をかもしだしている。肩までかかる黒髪が揺れる。 『第一会議室』  と書かれた教室に案内された。教室は木目が美しい綺麗な部屋で、80脚ほどの椅子がある。その内30脚ほどは、すでに医師で埋まっていた。  右も左も医者だらけ。  こんな経験は、大手製薬企業メーカーと組んで行った懇親会、一度きりだ。  愛は秘書の麗に教わりながら、持参したノートパソコンをプロジェクターにつないだ。聴衆も増えてきた。  愛は演壇から医師たちを眺めた。皆、大学病院指定の診療服を身に着けている。今までは壮年の開業医ばかりを相手にしていたため、若い医師をこれだけ見るのは初めてだ。  イケメンがいる。やや後ろの席だ。髪の短い、落ち着いた感じの若い医師。30代前半くらいだろうか。愛はじっと目をこらした。ネームプレートには『呼吸器内科 北口伸明』と記載されている。  さらにその後ろに、医師らしく、身だしなみが清潔感にあふれ、顔がワイルドな男性がいた。こちらも30代か。腕が太く、筋肉がついているのが見て取れる。水泳選手みたいだ。隣の席には、いかにも大学を卒業したての若い医師が座っていた。盛んに談笑している。それなりの地位なのだろう。  愛は限界ぎりぎりまで目を細め、まぶたを線のようにして、ワイルドな医師のネームプレートを見ようと努力した。 『神経内科 佐藤広次』  の印字が、やっとのことで視認された。
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