84人が本棚に入れています
本棚に追加
「経口投与なのがいいね。注射だと面倒だから」
「変な副作用だなあ。それとも、元々被験者の男性がゲイ傾向にあったんじゃないのかな」
医師たちのざわめきが聞こえる。宣伝は上々だ。
「うん。面白かった。今度は、泌尿器や、産婦人科とか、生殖医療の研究チームにプレゼンすればいいと思うよ。大見が推薦していたと言えば、若いきみでも何十人と、集められるだろう」
教授が相好を崩した。
大成功。達成感が胸にこみ上げてくる。
愛は気合を入れ直して、次のスライドの表示ボタンを押した。
題名は、
『山波におけるクリニックについて、抗てんかん薬カルバマゼピンの、先発品とジェネリック医薬品の同等性評価』
途端に、大見教授の顔つきがこわばった。会議室に集まった医師たちの、和やかなムードが一変する。水を打ったように会場が静まりかえった。
愛は緊張で、マイクを持つ右手が震えてきた。あわてて左手でさらに握り、動揺を悟らせないようにつとめる。
「こちらの表をご覧ください」
愛はスライドを映した。
山波で開業するクリニックに、抗てんかん薬を、先発品、中日本製薬のジェネリックを無作為に割り振ったものだ。二つの薬剤が及ぼす効果をプロットしてある。線グラフはほぼ重なりあっており、統計的な効果の違いは見られないという内容だ。
「N(被験者)=84(人)じゃねえ」
と、会議室の中ほどからやじのような声が上がった。
「すみませんが、ご質問は挙手にてお願い申し上げます」
愛は必死に司会進行をする。
40代だろうか、貫禄のある医師が手を上げた。
「スライドにはランダム化したってあるけれど、ブロック別にはしていないんでしょ?」
痛いところを突かれた。
「それは、患者数が少ないため、できませんでした」
ランダム化比較試験には一つの弱点がある。MR認定試験で学んだ、ものすごく簡単な説明が頭に浮かぶ。
治療薬AとBがある。投与する患者は、20歳が42人と、80歳が42人。ランダム化、つまりくじ引きで投与する患者を決めると、全くの偶然で、治療薬Aに20歳42人、治療薬Bに80歳42人が割り付けられる可能性がある。
その場合、「若いからすぐに治ったんでしょ」とか、「高齢者は薬の排泄が遅いから、よく効いたように見えるんでしょ」というツッコミの余地が生まれる。
そういう文句がつかないように工夫された試験がブロック別、となる。
今回のカルバマゼピンの同等性試験には、患者数が少ないため、ブロック別されていない。
最初のコメントを投稿しよう!