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夜の顔
「安藤く~ん、週末何し・て・る? 」
キャスター付きの椅子で
仁の隣に滑り込んできた先輩が言った。
仁は嫌な予感がした。
「別に何もないですが」
「そうかあ~じゃあ、俺たちと
飲みに行かない? 」
とニヤリと笑う先輩。
「はい、わかりました」と仁は返事をする。
予感的中。
仁が連れて来られた場所、
それは、2ケ月前に訪れた あのネオン街。
「先輩、この辺って」と先輩の顔を見る仁。
「ち、ちがうよ、単純に飲みたいだけ」
と先輩たちは仁に言った。
仁を含め、数人の先輩と夜のネオン街を歩く。
華やかなネオン街には何本かの細い路地があり、路地は、表通りとは別世界のように暗闇に包まれていた。
「てめ~、ふざけるなよ、この女」
と怒鳴り声が聞こえて来た。
「痛い、何するの。離してよ」
すぐに女性の声も聞こえてきた。
仁と先輩が声のする方向に目をやると、
揉めている男女の姿、それを見た先輩が、
「あ~あ、いやだね~ああいうの、
いかにも、もつれてますって感じ。
男の方、あの女の人に手をあげそうな
感じだな」
と先輩が言った瞬間、
男が女性の頬を叩く音がした。
女性は、男の力に身体がよろめいた。
女性は男性から逃げようとしているが、
手首を掴まれた女性は逃げることができない
様子。
「あ~ついに手でちゃったな、
なんかやばいな女性の方、大丈夫かな? 」
と先輩が言った。
「ああ、そうですね」と仁が言った。
「警察に連絡しとく? 」別の先輩が言った。
「ああ、そうしようか」
と先輩たちが話し出した時、
仁が、その男女に向かって歩き出した。
それを見た先輩、
「ちょっ、安藤、やめろって巻き込まれるぞ」と仁を追いかけた。
「痛い、離してよ」
と女性が男に言っている。
「お前が言うこときけば離してやるよ」
と男が言った。
女性の手首から男の手が振りほどかれ、
自分の手首を強い力で握られた男の視線が
上を向いた。
男の手首を掴んで男の後ろに回すと
仁が言った。
「やめろよ この人、嫌がってるだろ? 」
「なんだ、てめ~、やんのか?
この手を離せ……」
と興奮する男。
「いやだね、この人に暴力振るわないと
約束するなら、離すよ」
と仁は更に男を握る手を強めた。
仁の表情を見た男、
「わっ わかったから、離してくれ」
と懇願する。
その言葉を聞いた仁は掴んでいた男の手を離した。
この騒ぎに周りに人が集まって来る。
そして、後方からも巡回中の警察官が
こちらに向かって歩いて来るのが見えた。
「ちっ、てめえ、覚えてろよ」
と言うと男は、乱れた着衣を整え足早に
その場を去って行った。
仁は、うずくまる女性に手を差し伸べると
「大丈夫? 」と言った。
女性が顔を上げると仁は驚いた。
「レイナちゃん? 」
左頬をぶたれた彼女の顔は赤くなっている。
「大丈夫? 」と仁が彼女に聞くと、
「大丈夫だよ でもこれから仕事なんだけど、
この顔じゃまずいかな? 」と呟いた。
「えっ? 安藤の知り合い? 」
と先輩が言った。
「助けてくれてありがとう、今度お礼するから
お店に来て」と彼女が仁に囁いた。
彼女は立ち上がると、
「皆さん、助けていただいて
ありがとうございました」
と笑顔で微笑むと、ネオン街に消えて行った。
「綺麗なお姉ちゃんだったな、
いかにも、夜の蝶って感じで、
華やかさがあって、
多分、この辺の店に入っている娘だよ、
あ~、聞いておけばよかったな~」
残念そうに先輩が言った。
「じゃあ、行こうか」と言うと仁と先輩たちは
ネオン街を暫く歩き、店に入って行った。
数人の女性に接客を受ける仁と先輩たち、
「しかし、さっきの安藤 カッコよかったよな」
「ああ、俺もそう思った。なんか、普段の
温厚で優しい、爽やかイケメンの安藤君じゃ
ないみたいだったよ」
「そうそう、俺もそう思った。 冷静でクールでドS感満載の。
俺も安藤に叱られたいって感じの、
迫力あったよな~。
お前のあんな顔、初めて見たよ」
と枝豆を指でつかんだ先輩が言った。
「なんてことを言うんですか、
先輩たちはもう」
と仁はグラスに注がれたウイスキーを一気に飲み干す。
「でも、あのおねえちゃん、大丈夫かな?
結構やられてたしな」
と先輩が言った。
すると、仁が突然立ち上がった。
仁を見上げる、先輩たち、
「先輩……俺、用事思い出して、
今日は、帰ります。これ、俺の分」
と言うと、仁はテーブルに一万円を置き
店から駆け出して行った。
「なんだアイツ? 」と先輩が言った。
「女だな……きっと」と別の先輩が言った。
その場にいた全員が
「う~ん、そうか女か……」と頷いた。
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