将来のこと

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仁が奉遷会事務所を飛び出した頃、 星七のアパートのインターフォンが鳴った。 星七が玄関のドアを開けると、そこには 見知らぬ着物姿の女性が立っていた。 清楚で、気品のある女性、 「あのう、どちら様でしょうか?」 と星七が聞いた。 女性はニコリと微笑むと、 「はじめまして。星七さん、  仁の母の 律子と申します」と言った。 仁の母親の突然の訪問に驚き、 激しく動揺する星七であったが、 「あ、どうぞ、狭いところですが」 と言って律子を部屋の中に招き入れた。 律子は、星七が差し出して座布団に座る。 「あの~、どういったご用件でしょうか?」 と星七は律子に恐る恐る聞いた。 出されたお茶を一口飲むと言った。 「あなた、仁のこと好き?  一緒になろうと思ってる?」 律子の突然の質問に動揺する星七、 「はい」 と返事をするのが精一杯の星七。 それを聞いた律子、静かに星七に話し出す。 「昔、私は普通の家庭に生まれた普通の  女の子だった。普通の高校を出て、大学に  入り、就職したの。ある時、職場の先輩の 所に一人の男性が尋ねて来た。彼の風貌は、 先輩とは正反対で、すごく派手な服装だった。 でも、その彼は真っすぐな瞳で、先輩の話を  楽しそうに目をキラキラさせて聞いていた」 「それって……」と星七が聞いた。 「そう、その男性が、仁の父 安藤勇二。  それが私たちの出会いだった。  私たちは、間もなくに恋に落ちた。  そのうち、私たちは、互いに将来のことを考えるようになった。 勿論、自分の両親も安藤の両親からも猛反対されたわ」 「でも、どうして一緒になられたのですか?」 それを聞いた律子が答えた。 「言われたの。好きな方を選べって。  安藤と一緒になる覚悟はあるのかって、  この裏社会に、奉遷会の次期跡取りの 嫁として、若い者をまとめて過ごす覚悟はあるのかって。 そして、もう一つの選択、安藤の愛人として、一生過ごすかって。  私は、安藤と一緒になることを選んだわ。  大変なことも沢山あったけどね、  そして、安藤は、奉遷会の若頭になり、  間もなくして仁が生まれた。  仁が、幼いころから、星や月が好きで、  天文学に興味があったのは、 私の仕事の関係で幼い頃から天文関係の話をしてあげたり、図鑑を見せていたからなの」 と律子が微笑んだ。 「そうだったんですね」と星七が言った。 「仁が、奉遷会を継ぐって聞かされた時は驚いた。きっと、何か理由があったんだと思う。  私は、あなたに私と同じ道を進んでほしいなんて思ってないの。ただ、あの子の…… 仁の母親として、あの子には幸せになって ほしいだけなの」と言った。 そう言い残すと、律子は立ち上がり星七の部屋を出て行った。 暫くすると、星七のアパートの前から黒塗りの車が走り去った。 仁の母、律子の突然の訪問に動揺した星七。 彼女が言った言葉が彼女の胸に突き刺さっていた。
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