22人が本棚に入れています
本棚に追加
「はい! オッケーです」
助手の声がスタジオ内に響く。
目の前にかまえたカメラを腰元まで
下げた伊織は軽い安堵のため息をついた。
PC画面に次々と撮影された
『花々』が映し出されると、
パチパチパチパチと拍手が聞こえてきた。
伊織が音のなる方に目を向けると、
専用のハサミが数本収められたベルトを
腰に巻いたエマが伊織に近づいてきた。
「流石、業界が注目する若手カメラマン!
どれも素敵なショットばかり……」
「気に入っていただけましたか?
今、注目度人気ナンバーワンのエマ様」
「何言ってんの……」
とエマが照れた表情を見せる。
エマの表情を見た伊織が耳元で
「これから暇? 今夜、食事でもしない?」
手慣れた口調でエマを誘った。
「この後、次の仕事で使う花のことで
花屋で打ち合わせがあるから
その後でいいなら……」
「ふ~ん、花屋ね……
俺も一緒に行っちゃおうかな。いい?」
と伊織が言った。
「仕方ないわね……いいけど、邪魔しないでよ」
エマが伊織の顔を見ると目の前にある道具を
片付け始めた。
撮影スタジオを出た伊織とエマは、
スタジオ近くにある花屋に向かった。
「『華家』……」
店の看板を見て呟く伊織。
「そう、ここ『華家』は
私の作品を創る上で
非常に大切な場所なの。
ここの花はどれも素敵で創作意欲が
こう、きゅ~っと沸いてくるの」
エマは拳を顔の前で握りしめた。
二人が店内に入ると、
色鮮やかな花々がフロアに広がり、
甘く、いい匂いが漂っており
まるでフロア一面花畑のように見えた。
すると、店の奥から一人の男性が現れた。
この店のオーナーの智也。
全身から爽やかオーラを放つ智也の姿に
伊織は思わず手に持ったカメラを握りしめた。
「いらっしゃい、エマちゃんお待ちしてました」
と智也が言った。
「智也君、遅くなってごめんなさい。
あっ! こちらフォトカメラマンの
兵藤伊織さん」
とエマが伊織を紹介した。
「伊織さん、はじめまして。
この店『華家』のオーナーを
してます大谷智也と申します。
あなたが撮影する写真は
花々が生きているようで素敵ですね。
いつも観ています」と智也が微笑んだ。
「そんな、もったいない言葉を
ありがとうございます。
兵藤伊織です、よろしく」
と言うと伊織も微笑んだ。
「じゃあ、私たちは打ち合わせをするから、
伊織は、邪魔にならないようにして
待ってて……」と言うとエマと智也は
店の奥にあるテーブルで打ち合わせを
始めた。
伊織は、店内の花を見て回るために
歩き出した。
「凄い色……あの花は何だ? 見たことないな」
店内の色鮮やかな花々を見て驚く伊織。
その時だった。
カチャカチャカチャとブリキ缶の音が聞こえ、
伊織は音がした方向をみるとドアが見えた。
伊織がドアに近づきゆっくりとドアを開けた。
ドアを開くと、そこには大きなブリキ缶に
束になった花を挿し込んでいる女性の後ろ姿。
ドアが開いた音に女性が後ろを振り返った。
「あっ、すみません。音がしたので……
俺は、決して怪しいものではありません」
と伊織はその女性に向かって言った。
「そうですか……」女性が短い返事をした。
「君、ここのスタッフ?」
伊織が彼女に聞いた。
「ちがいます。私は、この『華家』に
花を卸している『花の栽培家』です」
「栽培家?」
「はい、花を育てて個人契約している
花屋に卸しているんです。
私の場合、ほとんどがこの
『華家』さんですがね。この珍しい花とか……」
女性は花を指差し言った。
「ふ~ん、珍しい花だね。
あまり見たことないな……」
「これは、ルビースターと言う花です。
綺麗な赤色で、花弁が星みたいでしょ?
だから、ルビースター」
「あ……なるほどね」と伊織が納得する。
「あっ! いたいた、伊織邪魔しちゃだめって
言ったのに……」
打ち合わせを終えたエマと智也が二人の元に
やって来た。
智也は女性に向かって、
「真央ちゃん、そちらフォトカメラマンの
兵藤伊織さん。
そして、こちらはフラワーアーティストの
水木エマさん」
と二人を紹介した。
「はじめまして。水木エマです」
「どうも、兵藤伊織です。よろしく」
そして智也がこう続けた。
「江藤真央ちゃん、この『華家』に
花を卸している、花の栽培家さん」
「はじめまして。江藤真央です」
「栽培家さん……凄く若いのに……」
エマが呟いた。
「そう。この子、凄いんだよ……
育てるのが難しい花も栽培してくれるんだ。
いわゆる、花栽培の神様みたいな……」
智也が言った。
「ちょっと、智也さん……それは大袈裟」
と戸惑う真央。
「花を栽培する栽培家。
それを売る花屋。
そして、その花を綺麗に飾る
フラワーアーティストと
その花々の写真を撮るカメラマン。
なんか、繋がるっていうか、
俺たち、素敵な出会いじゃん」
と伊織が呟いた。
「本当だ」エマが言った。
「確かに」智也が頷く。
「はぁ……」少し戸惑い気味の真央。
「そういうことで、皆さま、
今夜は一緒に食事行きましょう!」
伊織が微笑んだ。
「いいわね」エマが頷く。
「賛成! 真央ちゃんもいいよね?」
智也が真央の顔を見ると、
「は……い。智也さんが一緒なら」
と返事をする真央。
こうして、『華家』で出会った四人は
夜の街に繰り出した。
最初のコメントを投稿しよう!