一章 天職検査の結果は……先生の妻!?

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 エントランスに置いてある荷物が視界に入った瞬間、驚きのあまり言葉を失った。目にしている現実が信じられない。 「君が明るくて根が素直なのは、親御さんの愛情をたっぷりと受けて育ったからだ。親御さんとの思い出のある物を捨てる必要はない」  ピンクうさぎのぬいぐるみを手に取る。  ほつれていた糸も破れた穴も消え失せ、とれかけていた右耳がピンっと立っている。それだけじゃない。薄汚れていた布地が綺麗になっていて、まるで新品のぬいぐるみみたいだ。 「どういうこと? なんで、新しいぬいぐるみになっているの?」 「魔法で、新品の状態にした」 「ええーーーっ!!」  山積みになっている荷物に目を走らせる。  テーブル。椅子。ソファー。チェスト。台所用品。雑貨。衣類。本。靴。傘……すべてが新品に様変わりしている! 「どうして……」 「君の母親が亡くなって、四ヶ月だ。心の整理がついていないだろう。なのに、物を減らせなど、無神経だった。私は両親との関係が希薄でね。だから君の思いを汲み取ることができなかった。知らなかったとはいえ、汚いぬいぐるみだと言って悪かった。お父さんとの思い出、大切にしなさい」  うさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。柔らかい耳が顔にふれる。お日様に干したような、ぽかぽかとしたいい匂い。  ぬいぐるみをもらった日。お土産があることが嬉しかったけれど、それよりも二週間ぶりに父に会えたことが嬉しかった。抱きついて父のお腹に顔を埋めた。大きな手が、わたしの髪を優しく撫でた。  ──お父さん、大好き!  ──父さんは、もっともっと好きだぞ!  ──あたちのほうがもっと好きだもん! 世界一大好き!  ──父さんは、宇宙一ノアナが大好きだぞ!  感極まって、涙がぽろりとこぼれる。 「先生、ありがとう。すごく嬉しい! 環境が変わった今が物を捨てるタイミングなのに、でも捨てたくなくて。だけど、綺麗な別荘に古い物を置くのは申し訳なくて……」 「君は心から両親を愛しているのだな。そして、両親も君を愛していた。羨ましい。私は、両親との関係を築けなかった。この世からいなくなってほしいと、願っている……」  先生は話したことを後悔するように、鼻で笑い飛ばした。   「私の話などどうでもいい。それよりも、魔法で荷物を片付けるのはやめにする。妻体験実習の一環として、我々の手で荷物を運ぶ。引っ越しの後片付けというのも、妻の大切な仕事だ」 「うわっ! 最悪。イヤだ!」 「やらないのか?」 「はい。魔法でちゃちゃっとお願いします!」 「ふむ。やる気がないというわけだな。君は、引っ越しして一年たっても段ボールが山積みになっているタイプのようだ。片付けの項目、マイナス三十点。先ほどゴキブリ叩きの勇ましさとして二十点あげた。よって合計点は、マイナス十点だ」 「ふにゃあ! あ、あの、マイナス三十点じゃなくて、マイナス十点にして。お願い!」  顔の前で両手を合わせる。つぶっていた目をチラッと開けると、先生の薄い唇の片端が上がった。  嫌な予感がする。 「なるほど。マイナス点をもらってもいいから、片付けをしたくないというわけだな。随分と怠け者の妻のようだ。マイナス五十点に訂正しよう。合計点マイナス三十点」 「ぼふー! 死んだ」  妻体験恐ろしい。最終日にはどこまでマイナスになっているのだろうと、頭を抱える。  すると先生は、交換条件を出してきた。それは、先生が魔法使いであることを秘密にするなら、魔法で荷物を片付けてくれるうえに、片付け項目をマイナス十点にしてくれるというもの。もちろんわたしは喜んでその条件を飲み、親友ルーチェにも話さないことを約束した。  その日の夜。わたしは鼻歌を歌いながら、ピンクうさぎのぬいぐるみを枕の横に置いた。そして、ふと、違和感にとらわれた。 「このぬいぐるみ。お父さんからもらったって、先生に話したっけ?」  話していないように思うのだけれど、でも話していないのに先生が知っているわけがない。きっと、話したのだ。それをわたしが覚えていないだけで。  そう納得して、わたしはキングサイズのベッドで眠りに就いたのだった。  
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