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仕方なく、玄関の鍵を開ける。
扉を半分ほど開けると、ラテルナお婆ちゃんのしわくちゃの手が戸にかかって、玄関を全開にした。
昼でも暗い廊下に立っているのは、杖をついたラテルナお婆ちゃん。小柄だが、頑固な顔をしているため迫力がある。
「大家さん、おはようございます!」
「なにがおはようだ! もう昼間だ!! ……って、あんたパジャマじゃないか。今まで寝ていたのかい? やだねぇ。みっともないったらありゃしないよ。最近の若い者はだらしがないねぇ。あたしの若い頃は太陽と共に起床し、身だしなみを整え、客人には手厚くもてなしたもんだ。あー、大声出したら喉が渇いたよ。茶を出しとくれ。あんたは掃除ができないから、湯呑みに茶渋がついていそうだ。新品の紙コップにしておくれ。それと、そろそろ昼食の時間だ。ノアナ、一緒にお昼を食べようじゃないか。美味しいものが食べたいねぇ。なにを出してくれるんだい?」
ラテルナお婆ちゃんは、ドケチの達人。集合アパートの各部屋を回っては、食事を催促し、食費を浮かせている。
茶を出すとも昼食を出すとも言っていないのに、強欲に話を進めてくるラテルナお婆ちゃんに、わたしは引き攣った愛想笑いを返しつつ、さりげなくドアノブに手をかけた。
「ゴホンっ! 悪い風邪を引いたので、寝ていたんです。ゴホンゴホンっ! 移ると悪いので、これで失礼します。さようなら!!」
扉を完全に閉めるより早く、ラテルナお婆ちゃんが足を挟んだ。頑丈な木靴に阻まれて、扉を閉められない。
ラテルナお婆ちゃんは、悪魔みたいにニヤぁっと口角を上げた。
「あんたみたいなツヤツヤした顔の病人がいるもんか! あたしを騙そうたって、そうはいかないよ!! 今すぐに家賃を払うか、それとも高級店のランチをテイクアウトしてくるか。どっちか選びな!」
「わたしの手作り料理を……」
「断固拒否する! この前、あんたの料理を食べてひどい目にあったからね。トイレに一日中閉じこもったよ。もういい、今月分の家賃を払いなっ!」
「あ、あのですね。新学期っていろいろとお金がかかるんです。なので、ちょっとだけ待ってほしいんです」
「学校と家賃と、どっちが大事なんだい!」
「もちろん、がっこ……」
「家賃が大事ってもんだ! よくわかっているじゃないか。だったら今すぐに払いな! 五分だけ待ってやる。五分過ぎたら、家賃を三倍にするよっ!」
「きゃあーーっ!!」
すぐさま家の中に引っ込むと、台所の棚からクッキーの絵がプリントされた丸缶を出す。丸缶の蓋を開け、お札を三枚取り出した。
丸缶の中に残っているお金は、紙幣が十二枚と硬貨が三十枚。これがわたしの全財産。
「この先どうしよう。やっぱり、学校を辞めて働くしかないのかな……」
残金が厳しい現実を突きつける。
父親の両親は亡くなっていて、母親の両親は貧乏。親戚は当てにならない。友達からお金を貸りるわけにはいかない。
頼りになる人といえば、学費を出してくれると言ったユガリノス先生だけれど……。生活費もください、とはさすがに言えない。
先生が「私の妻という職業を極めるには、三年は必要だ」と話していたことを思い出す。
「先生の妻として、働いてみる? でも、三年って長すぎっ! 無理!! せめて、三ヶ月にしてくれないかな。三ヶ月なら、なんとか頑張れると思うんだけど……」
重い足取りで玄関に戻ると、ボソボソとした話し声が聞こえてきた。うす暗い廊下に、モジャ髪男が立っている。
「ユガリノス先生……? どうしてここに?」
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