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ラテルナお婆ちゃんに理矢理に腕を引っ張られ、ホコリの塊があちこちに転がっている廊下の端に連れていかれる。
ラテルナお婆ちゃんは怖いぐらいに真剣な顔で、わたしの肩に皺々の手を置いた。
「あの男は、おまえさんの担任の先生なのかい?」
「はい。ものすごく嫌ですけれど」
「嫌? どうしてだい?」
嫌味で、陰湿で、口うるさくて、ダサくて……。と悪口を連ねていると、ラテルナお婆ちゃんはうんざりしたように頭を横に振った。
「あんたって子は、なんにもわかっていないねぇ。目に見える物事がすべてじゃないんだよ。目に見るものの奥には、目に見えないものがある。その目に見えないものこそが本質なんだ。あの男は、最高Aランクの男だ」
「えぇ? うっそだぁ」
「あたしの天職を教えてやろう。お見合い仲介人さ。あたしの目利きによって、一億組の夫婦が誕生した。離婚率は三パーセント。その実績から、あたしはお見合いの神と呼ばれた。そのあたしが言うんだから間違いない。あの先生は、最高Aランクの男。そして、おまえさんはかわいい顔をしているが、家事能力が壊滅的。よって、Fランク。おまえさんたちは欠けているものを補い合うことのできる、相性の良さがある」
「ぷぷっ! 最高Aランクってウケる! 冗談はやめてくださいよぉ」
「あんたって子は、男を見る目がないねぇ。あの男は人を遠ざけるために、あえて野暮ったい格好をしているのさ。モジャ髪も天然ではない。わざとへんちくりんなパーマをかけている。素性を隠さないといけない理由があるのだろう」
「スパイですか?」
「いや、金持ちのにおいがする。それにイケメンだ」
「あははーっ! 笑えるぅー!!」
ユガリノス先生が金持ち? イケメン?
とびきりの冗談に、わたしは爆笑した。けれど、ラテルナお婆ちゃんは真面目くさった表情を崩すことなく、わたしの顔の前で小切手をぴらぴらと振った。
「ゼロが六個ついている。これを金持ちと言わずに、なんと言う?」
「ええーっ!! 先生、頭が変になっちゃったのかな⁉︎ 数学の先生なのに数が読めないなんて。返しましょう!」
「やだね。これはあたしのものだ」
「だって、猫を飼っていないのに!」
ラテルナお婆ちゃんは小切手をエプロンのポケットにしまうと、唐突に空を眺めた。
集合アパートの廊下と階段は外に面している。
「その辺にいる野良猫。おまえさんの飼い猫だよな?」
「違います」
「餌をあげていただろう?」
「そうだけど……。家に入れたことは一度もないです」
「餌をあげたら、もうおまえさんの猫だ」
なんという強引さ。
だが、ラテルナお婆ちゃんの強欲さはとどまるところを知らない。
「ノアナ、あの先生と結婚しろ! そして、ここに住むんだ。腕利きのコックを雇ってもらえ。あたしが毎日食べに行ってやるよ。それと、アパートの改築費用を出すよう、お願いしてくれないか。あと慰安旅行。タダで海外旅行がしたいねぇ」
「……お金の亡者すぎないですか?」
「そうさ! あたしはお金が大好きさ。お金があれば大概のことができる。ノアナ、あの先生の財布を射止めるんだっ!」
ラテルナお婆ちゃんは、「その場しのぎの嘘をついて、情けないったらありゃしないよ」とわたしを責めた。「目に見えないものこそが本質」とも言った。
大人というものは、言っていることとやっていることが違うのに、平然と子供に説教をする。
大人ってズルイ。
どんなにお金に困っても、ラテルナお婆ちゃんのように欲深い人間にならないようにしようと、わたしは固く心に誓った。
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