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別荘をひと通り見て回り、エントランスに戻ってくる。エントランスには、先生が魔法で送ってくれた我が家の荷物が置いてある。
家にあったもの全部、先生は魔法で送ってくれたらしい。鼻を噛んで床に放り投げてあったティッシュまである。
わたしは、ゴミは即座にゴミ箱に捨てることを固く心に誓った。
「それにしても、場違い感がひどすぎる。ゴミの山にしか見えない……」
テーブルも椅子もソファーもチェストも台所用品も衣類も本も靴も傘も、すべてが両親との思い出に繋がっている。
けれどこれらは、ただの中古品。骨董品と呼べる価値はない。
別荘にある高級メーカーの家具や品物に、使い古した貧相な物を混ぜてもいいものか悩む。さらには別荘の壁紙が真っ白なので、余計に汚れが目立つ。
わたしはピンクうさぎのぬいぐるみを手に取ると、右耳をピンと立てた。けれど、手を離すとすぐに耳がへにゃっと垂れた。
「今が捨てるタイミングなのかな……」
母は言っていた。
──物を捨てることは、思い出を捨てることではないのよ。どんな物でもいつかは古ぼける。お父さんはノアナの心の中に生きているのだから、物に執着しなくてもいいのよ。
わかっている。けれどうさぎのぬいぐるみを見ると、お父さんの笑顔と大きな手を思い出す。その手の温かさを忘れてしまうのが怖い。
「やっぱり捨てたくないよ。どうしたらいい?」
足音が近づいてくる。背後から声をかけられた。
「ノアナ。指示してくれれば、それぞれの場所に運ぶ」
「先生……。わたし、やっぱり帰ります。ここにある物全部、アパートに送り返してもらえませんか?」
「別荘が気に入らない? それなら改装してもいいし、他国になるが、別の別荘に引っ越してもいい」
「そういうわけじゃ……んん?」
悲しみに酔いしれていたので、危なく聞き逃すところだった。
(今なんて言った? 他国にも別荘があるって言ったよねぇ! 先生って、超大金持ちっ⁉︎)
ガラクタ同然の荷物のことで先生に迷惑はかけられないから、アパートに帰ります。……そんな、健気でいじらしい気持ちが吹っ飛びそうになる。やっぱりここに住みたいって、声を大にして言いたくなる。
だけどわたしは、ラテルナお婆ちゃんのようには強欲に生きられない。口に出したことを数十秒で撤回するなんてダサすぎる。
「綺麗な別荘で気に入りました。でもわたしは、ここに住むのにふさわしい人間じゃない。遺産整理ができたら、来ます」
「少し、散歩をしないか?」
「でも……」
「外で待っている」
先生はさっさと外に出てしまった。
同意していないのに、どこまでも勝手な人だ。仕方なしに、わたしも外に出る。
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