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わたしは、窓際に置いてある椅子に座る。気持ちがソワソワして、じっとしていられない。
よし、こうなったら願掛けだ!
「お金持ちになりたい。お金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ち……」
「ノアナ・シュリミア。落ち着きなさい」
「お金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ち……」
「うるさいから、黙りなさい」
「お金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ち……」
「あ、お金が落ちている」
「ウソっ! どこに⁉︎」
拾わないとっ!!
立ち上がって、部屋の隅々まで視線を走らせたものの、年季の入った木の床には紙幣もコインも落ちていない。
「先生っ! どこにお金が落ちているんですか⁉︎」
隣の椅子に座っている担任教師、ノシュア・ユガリノス先生に尋ねる。
先生は組んでいた長い足を解くと、ダサい黒縁眼鏡のツルを指で押し上げた。
「ノアナ・シュリミア。ここは、神聖な天職検査会場。それなのに、金を連呼して恥ずかしくないのかね?」
「全然。だって、お金持ちになりたいんだもん! それよりも、お金が落ちているって……。まさか、わたしを騙したの⁉︎」
「君が一向に黙らないからだ」
「だって、お金の神様にお願いしていたんだもん! 邪魔するなんてひどい! お金持ちの天職じゃなかったら、先生のせいだからねぇ!!」
「はっきり言っておこう」
ユガリノス先生は、強固な糊で固めたかのような安定した不機嫌顔で、わたしを見上げた。
「金は、人間が国立印刷局で作ったもの。紙幣は、植物繊維。貨幣は、銅や亜鉛やアルミニウムから作られている。それらに人間が価値をつけただけであって、天から金が降ってきたわけではない。よって、お金の神様は存在しない。人間がでっちあげただけの話。さらには、君がお金持ちを連呼するのは、単なる唾液の無駄遣い」
「むふー! 自分の唾液をどう使おうと、先生に関係ないし!!」
「確かにそうだな。君の唾液など、どうでもいい話であった」
「ピキピキ……腹立つっ!」
ユガリノス先生は嫌味のスペシャリスト。口が悪いし、性格も悪い。おまけに陰湿。しかも外見がダサい。さらには表情筋が死んでいる。
わたしはユガリノス先生が、とてつもなく大っ嫌い!!!
「シュリミアさん。検査結果がでました」
「は、はぁいっ!!」
おっと、嫌味で陰湿でダサくてモジャ髪で、顔も心も死んでいる男の相手などしている暇はなかった。
わたしは飛び跳ねるようにして、書見台に駆け寄った。
おじさん検査官がもったいぶった話を始める。
「天書は、才能に反応して文字が動きます。その人の才能に見合った天職を、新たに配列した文字で教えてくれるのです。その文字の配列に間違いがあったという報告は、天職検査が始まった三百年前から今まで一件もありません。つまり、シュリミアさんの天職はこれからお話することで合っています」
「はい」
「結婚に向いている女性の場合、主婦や母親と出るのが一般的なのですが……。結婚相手のお名前が出ました。唯一無二のお相手ということでしょう」
「ええっ⁉︎ それって、運命の相手ということですか⁉︎」
「そうです。お相手の名前を発表しますよ。心の準備はいいですか?」
「は、はいっ!!」
破裂しそうなほどにドキドキと高鳴る胸を押さえる。
「シュリミアさんの天職は、ノシュア・ユガリノスさんの妻です。おめでとうございます」
「……へ……?」
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