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「そうだ! あのね。先生、研修会に行っていて、今夜は帰ってこないんだ。ルーチェ、泊まりに来てよ」
「他人の家に泊まるの嫌い」
「つれないことを言わないでー! 東南地区にある、素敵な別荘なんだよ」
「別荘?」
やはりルーチェも、別荘に食いついた。ルーチェは中流家庭。自宅しかない者にとって、別荘は憧れの対象なのだ。
別荘の場所を詳しく聞いてきたので、泊まりに来てくれるのだと喜んだ。なのにルーチェは、環境が変わると寝られないと拒否した。
「ルーチェが泊まりに来てくれないなら、ベルシュを誘おうかな」
「いやいや。夫の出張中に男を連れ込んでどうする。マイナス一億点食らうよ」
「あ……」
「それよりも、さ」
ルーチェは一拍置き、意味ありげにニヤリと笑った。
「ふふっ。今夜はひとりだね。お化けが出ないといいね」
「はわわわわー!! 怖いことを言わないでっ!」
「ふふっ。森の中の一軒家。近くに人家はない。叫んでも、助けを求めても、誰も助けにこない。悲鳴を聞いているのは、フクロウだけ」
「にゃにゃにゃにゃー!」
「ノアナさん、動揺しているようですねぇ。お化けに襲われる。ふふっ。楽しいねぇ」
「全然楽しくない! 帰る!!」
ルーチェは親友であり、悪友でもある。お化けが超絶大嫌いなわたしをビビらせて、笑っている。
わたしは急いでアイスココアを飲み干すと、自転車を全速力で漕いで別荘へと帰った。
◇◇◇
日中はポカポカ陽気だったのに、夕方から風が強まり、夜には強風となった。
森がざわつく。まるでお化けがうなっているかのように──。
湖が荒れる。まるで湖に住む未知の生物が暴れる前触れのように──。
月は細く、雲の流れは早い。木々が激しく揺れ、別荘の窓がカタカタ鳴る。
外を見るのを止め、カーテンをピッタリと閉ざす。
「どうしよう……本当に怖くなってきた……」
ユガリノス先生は、一晩家を空けることを心配していた。
食事を作り置きしてくれたし、スポンジに魔法をかけてくれて、流し台に置けばスポンジが動いてお皿を洗ってくれるようにしてくれた。またお皿とフキンにも魔法がかかっていて、拭いたお皿が戸棚に自動で戻るようになっている。
なんて素晴らしい魔法!
なのになぜ、先生が毎食洗い物をしているのか不思議だ。
「それよりも! 先生ったら、肝心の魔法を忘れている」
それは──お化けを追い払う魔法!!
「お化けが出たらどうしよう……。でも、戸締りしたもん。だから大丈夫。お化け、入ってこれないもん。ん? ちょっと待って。お化けって、壁を通り抜けられるんじゃ……」
血の気がサァーと引いていく。動悸が激しくなり、バクバクと鳴る心臓の上を押さえた。
「お、おお、おおお、お化けなんて、いない。いないもん。うん。寝よう」
まだ九時だが、寝るに限る。
居間の電気を消し、二階に上がるためにエントランスに出た。
トントン……トントン……。
何者かが玄関の戸を叩いている。
「ひゃあぁぁーーっ!! おお、おおお、おばおば……!!」
悲鳴によって切り裂かれた夜の間を抜けるようにして、訪問者がわたしの名前を呼んだ。
「……ノアナ……」
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