二章 お試し妻はじめました

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 ソプラノ歌手のように魅力的な声をした女のお化けが、外にいる。 「……ノアナ。助けて……ノアナ……」 「ノ、ノノノノ、ノノノ、ノアナはいませんーーっ!」 「……その声……ノアナだ。ふふっ……」 (なんで速攻でバレるのっ⁉︎)  足の力が抜け、へたり込む。ひんやりとした大理石の床が、足から熱を奪っていく。  逃げないといけないのに、足に力が入らない。手で這って逃げようにも、手にも力が入らない。恐怖で震えが止まらず、上下の歯がぶつかってカチカチと鳴る。  玄関前にいるお化けは、なおも、わたしの名前を呼び続ける。 「……ノアナ。ねぇ、ノアナ。あたし、ルーチェ。助けて……」 「へっ? ルーチェ?」  言われてみれば確かに、心が癒されるほどに透き通った美しい声はルーチェのもの。  わたしはふらふらと立ち上がると、玄関扉に耳を当てた。 「本当にルーチェなら、わたしの大嫌いなもの、わかるよね?」 「勉強と早起きとお化けとピーマンとユガリノス先生」 「当たり! ルーチェだっ!」  お化けの正体が親友だとわかって、恐怖が吹き飛ぶ。  玄関の鍵を開けると、向こう側に開いた扉の隙間から力強い風が入ってきた。風の勢いで扉が持っていかれ、玄関が全開になる。 「…………っ!!」  玄関ポーチにいたのは、ルーチェ。赤髪のボブと、細い目と、顎の尖った顔。  見慣れたルーチェで間違いはないのだけれど……。  玄関の照明が、ルーチェを照らしている。その顔は、真っ赤だった。 「な、なんで、顔が赤いの……?」 「……襲われた……助けて……」 「誰に襲われたの⁉︎」 「……お化け」  湖上を渡る風が水の匂いを運んでくる。その水の匂いに、完熟したトマトの香りが混ざっている。  ルーチェの指が、後方を指した。 「ほら。あそこにお化けが……」  ルーチェの指には魔法が宿っているのかもしれない。お化けなんて見たくないのに、わたしは視線を後方に向けてしまった。  夜に浮かびあがるようにポツンと立っていたのは──白いシーツを頭から被った、お化け。 「ぎゃああああああーーーーーっ!!」  わたしは絶叫し、逃げようとして、前頭部を激しく打った。目の前で火花が散る。おそらく、壁にぶつかった。  体がふらつき、そのまま気を失った。
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