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ソプラノ歌手のように魅力的な声をした女のお化けが、外にいる。
「……ノアナ。助けて……ノアナ……」
「ノ、ノノノノ、ノノノ、ノアナはいませんーーっ!」
「……その声……ノアナだ。ふふっ……」
(なんで速攻でバレるのっ⁉︎)
足の力が抜け、へたり込む。ひんやりとした大理石の床が、足から熱を奪っていく。
逃げないといけないのに、足に力が入らない。手で這って逃げようにも、手にも力が入らない。恐怖で震えが止まらず、上下の歯がぶつかってカチカチと鳴る。
玄関前にいるお化けは、なおも、わたしの名前を呼び続ける。
「……ノアナ。ねぇ、ノアナ。あたし、ルーチェ。助けて……」
「へっ? ルーチェ?」
言われてみれば確かに、心が癒されるほどに透き通った美しい声はルーチェのもの。
わたしはふらふらと立ち上がると、玄関扉に耳を当てた。
「本当にルーチェなら、わたしの大嫌いなもの、わかるよね?」
「勉強と早起きとお化けとピーマンとユガリノス先生」
「当たり! ルーチェだっ!」
お化けの正体が親友だとわかって、恐怖が吹き飛ぶ。
玄関の鍵を開けると、向こう側に開いた扉の隙間から力強い風が入ってきた。風の勢いで扉が持っていかれ、玄関が全開になる。
「…………っ!!」
玄関ポーチにいたのは、ルーチェ。赤髪のボブと、細い目と、顎の尖った顔。
見慣れたルーチェで間違いはないのだけれど……。
玄関の照明が、ルーチェを照らしている。その顔は、真っ赤だった。
「な、なんで、顔が赤いの……?」
「……襲われた……助けて……」
「誰に襲われたの⁉︎」
「……お化け」
湖上を渡る風が水の匂いを運んでくる。その水の匂いに、完熟したトマトの香りが混ざっている。
ルーチェの指が、後方を指した。
「ほら。あそこにお化けが……」
ルーチェの指には魔法が宿っているのかもしれない。お化けなんて見たくないのに、わたしは視線を後方に向けてしまった。
夜に浮かびあがるようにポツンと立っていたのは──白いシーツを頭から被った、お化け。
「ぎゃああああああーーーーーっ!!」
わたしは絶叫し、逃げようとして、前頭部を激しく打った。目の前で火花が散る。おそらく、壁にぶつかった。
体がふらつき、そのまま気を失った。
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