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空を見上げると、銀杏の枝が灰色の空へと伸びている。新芽が風に吹かれる様は、春を喜んで踊っているよう。
わたしがどんなに落ち込もうとも、季節は春色に染まっている。
「先生のこと、好きになれる気がしない。お金をくれるっていうなら、偽装結婚をしてもいいけど……。っていう程度の気持ちしか持てない」
「これは、話さなくてもいいと言われたのだけれど……」
青年検査官は、ためらいがちに口を開いた。
「そのハンカチ、ユガリノス先生のものだよ。渡すよう、頼まれた。ノアナさんが号泣しているのを見て、放っておけなかったのだろう。先生なりにノアナさんを心配している。そのときに聞いたのだけれど、シュリミアさんは親を亡くして学校を中退する気なんだって? 先生は、卒業まで学ばせてあげたいと言っていた。学費を出してあげたいって」
「え? 先生が学費を出してくれるの?」
「そう」
「あの意地悪なユガリノス先生が?」
「僕にはユガリノス先生が悪い人には見えない。教育者として厳しいだけじゃないかな」
涙で濡れてしまった白いハンカチ。アイロンで折り目がつけられた清潔なハンカチは、神経質な先生の性格を表している。
辺りを見回した。先生の姿はない。
「どこに行ったんだろう?」
「噴水広場で待っているそうだ」
「わたし、行ってみます。話す時間を作ってみようかな」
「それがいい。君たちの未来に幸運を!」
わたしは青年検査官にお礼を述べると、検査会場から徒歩五分のところにある、噴水広場へと走った。
◇◇◇
灰色の雲の狭間からこぼれ落ちる太陽の光が、噴水から吹き上がる水しぶきをキラキラと輝かせている。
ユガリノス先生は、噴水の周りにある石のベンチに座っていた。
先生は、怒っているような憮然とした顔で唇を真横に結んでいる。学校でも大概こんな顔をしているので、この人は笑ったり喜んだり感動したりしたことがあるのかと、疑問に思ってしまう。
わたしは先生の前に立つと、叫んだ。
「天職検査の結果を聞いて、職業を決めようと思っていたのに! 先生の妻だなんて最悪です。お先真っ暗です。担任なんだから、責任をとってくださいっ!!」
「責任をとってもいいが……。私の妻と出たからには、責任の取り方としては結婚が妥当ということになるが?」
「なっ⁉︎ そ、そんなのダメっ! 生徒の先生の結婚だなんて、絶対にダメです!!」
「そうだな。在籍中に結婚などしたら大問題だ」
「ですよね!」
「だったら、どう責任をとれと?」
「むむ……」
母が亡くなって四ヶ月。学校を卒業するまで、あと二年。
一番の問題はお金だ。二年も学費を払っていくほどの財力はなく、親戚は頼りない人たちばかり。よって、自力でお金を稼ぐしかない。
「検査官から聞いたんですけれど、先生はわたしの学費を出してもいいって、本当ですか?」
「ああ。君は精神的に未熟だ。社会に出るのは早い。もう少し賢くなってから社会に出ないと、周りの人たちに迷惑をかけることになる」
配慮のかけらもない無礼な発言に、カチンとくる。
「先生って嫌味ですねぇ! どうせ、わたしは未熟ですよーだ! 社会に出るのが早いっていうなら、少しだけ結婚してあげてもいいです。結婚して、三十分で離婚するんです。でもって、財産をください。そのお金で、学校に通いますから!!」
「ノアナ・シュリミア。三十分だけの結婚をすることになんの意味がある? 君は不器用だから、会得するのに時間がかかるタイプだ。三十分ぐらいでは私の妻という職業を極められない。せめて三年は必要だ」
「さ、ささ、三年もっ⁉︎ 無理! 死んじゃう!!」
「毒入りの食事を食べるわけではないのだから、死にはしない」
「精神的には死んじゃいます! ……っていうか、先生はわたしと結婚したいんですか?」
「…………」
ユガリノス先生は常に不機嫌な顔をしていて、声には抑揚がなく、薄い唇は微笑むことを知らない。分厚い黒縁眼鏡の奥にある目は、モジャ前髪で見えにくい。
根暗でダサいと、女性に敬遠されるタイプだ。間違いなく、モテないだろう。
おまけに先生は、人嫌いオーラを放っている。学校で他の先生と話しているのを見たことがない。
女性に相手にされず、職場の人間関係も築けない先生が結婚だなんて、違和感しかない。
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