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わたしはユガリノス先生が大嫌いだけれど、先生だってわたしを嫌いだと思うのだ。
わたしは宿題をしたことのない赤点常習者。校則は破るためにあると思っている。
勉強嫌いの問題児と結婚だなんて、真面目で神経質な先生にとっても罰ゲームだと思うのだ。
それなのに先生は天職検査の結果に不満や文句を言うわけでなく、妻を極めるための三年結婚を勧めてくる。
どうかしている。
「結婚じゃなくて、別な方法を考えましょう。お金を出してくれれば、それでいいし。今まで通り、他人として過ごしましょうよ」
先生の唇が動いた。「やだな……」
噴水から勢いよく水が吹き出す。先生の低音ボイスが、激しい水音にかき消されてしまった。
「なんて言ったんですか?」
「……」
「なに?」
三分後。高い弧を描いていた噴水が再び緩やかな曲線に戻り、激しかった水音は、おしゃべりを妨げない程度の涼やかな水音になった。
「もう一回言ってください」
「結婚したいわけではないが、天職検査に従おう。そう言った」
「そんなに長い言葉でした? わたしの聞き間違いじゃなかったら、やだな。って言ったように聞こえたんですけれど……」
——今まで通り、他人として過ごしましょうよ。
——やだな。
……まさかね。人間嫌いで神経質な先生が、わたしとの結婚に前向きだなんてありえない。
ユガリノス先生はベンチから立ち上がると、背中を向け、ズボンの両ポケットに手を入れた。
生徒は制服着用が義務づけられている。けれど、教師は好きな服を着ることができる。だったらオシャレな服を着ればいいと思うのだけれど、ユガリノス先生は一年中黒い服を着ている。しかも体型に合っていないダボッとした服。モジャモジャ髪も黒だから、毛を刈ってもらえない黒羊みたいだ。
ユガリノス先生は、総じてダサい。
「先生って、絶対にモテないですよね。わたしと結婚するしかないって、諦めている感じですか?」
「ノアナ・シュリミア。今日が誕生日なのだろう? ケーキは買ってあるのか?」
「えっ? あ、えぇと、まだです」
「買いに行こう」
「え? あ、はい……」
先生についていくと、世界大会で優勝したことのある、有名パティシエのケーキ屋さんに連れていかれた。
父が亡くなってから我が家の家計は常に苦しくて、賞味期限間近半額シールの貼ってある安いケーキしか食べたことがない。
ショーケースの中に並んでいるケーキの値段に目玉が飛び出る。
「無理ですっ! 買えないです!!」
「君が買う必要はない。好きなケーキはどれだ?」
「えっ?」
ショーケースの中には、宝石みたいに輝いている美味しそうなケーキがずらりと並んでいて、目移りしてしまう。
一つに決められずにいると、先生は店員に「すべてのケーキを一個ずつ」と注文した。
「先生も食べるんですか?」
「食べない。君の優柔不断に付き合うなど、時間の無駄でしかない。全種類買うから、家で悩むといい」
「全種類って……ええっ!! すごいお金になっちゃいますよ⁉︎ 破産しちゃう!!」
先生は店員が示した金額を一瞥すると、肩をすくめた。
「この値段では、破産の仕様がない。私を破産させたかったら、君はケーキを十兆個ぐらい食べないといけない」
「十兆個って……」
両指を折ってみるけれど、十兆ってゼロがいくつ付くのかわからない。おそらく、足の指を足さないとゼロが足りない気がする。
「手に持っているハンカチを寄越しなさい」
「これ、先生のハンカチですよね? 洗って、アイロンをかけて返します」
「君がアイロンを使ったら火事になりそうだ」
先生はわたしの手からしわくちゃになってしまったハンカチを取り上げると、ケーキが入った箱を寄越した。
アイロンをかけるなんてめんどうくさいと思っていたので、そのままハンカチを返せるのはありがたい。
「先生。いろいろと、その、ありがとうございます」
「転んでケーキがぐしゃぐしゃになっても、味は変わらない」
「転ぶって決めつけないでください! 感謝して損した!」
ぷぅーと頬を膨らませると、先生は「君は怒ると、タコになるのだな」と唇の片端を上げた。
なんて嫌味なヤツ!!
でも誕生日ケーキを買ってくれるなんて、もしかして、少しは優しい?
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