引き出しの奥の大切な彼女

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 人付き合いというのは難しいもので、相手を傷付けないように配慮しながらも、自分の譲れない思いをそれとなく伝えなければならない。絶妙なバランスを必要とするのだ。    尤も(もっと)、子供の頃の私はそんな難しい事をわざわざ考えずとも、誰とでも円滑なコミュニケーションを図る事ができた。相手の気持ちに自然に寄り添い、決して飾らずに自分をさらけ出すような子で、周りの大人達からは   「茜は天真爛漫な子だね」    とよく褒められた。対して、幼なじみの真吾は気が弱く、いつも周りの目を気にしていた。嫌な事もはっきり嫌だと言えない真吾は、いじめっ子の標的になったが、私がいつも間に入って彼を守った。   「僕、いつもお父さんに言われるんだ。お前は弱すぎるって。僕も茜ちゃんみたいに、物怖じしないではっきり言いたい事が言えるようになりたい」  真吾はいじめっ子に絡まれた後、決まってこんな風に落ち込んだ。綺麗に整備された河川敷のベンチに座り、真面目にカットされた髪を爽やかな風で揺らしながら、真吾は肩を落とす。もう何度同じ光景を見た事か。それでも私は、変わらず真吾の華奢な肩を揺らして励ました。   「真吾は優しいから、いつだって自分より相手の事を考えてる。相手を傷付けるよりも、自分が我慢する方を選んでる。それは、誰もができる訳じゃないよ。優しさが真吾の長所なんだから、誰に何と言われようが、そのままでいなよ。真吾は1人じゃない。私が傍にいる。我慢する事に疲れたら、私に何でも話して。いつだって、私は真吾の味方だから」    たったそれだけの言葉でも、真吾は再び笑顔を取り戻してくれた。その笑顔が、私の癒しでもあった。ずっと見ていたい、そう思っていた。  だが中学に上がる前、真吾は父親の転勤に伴って遠くへ引っ越してしまった。新しい地で、誰か真吾の事を分かってくれる人はいるのだろうか。それだけが心配で、この先自分に起こる事など考えてもいなかった。  
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