引き出しの奥の大切な彼女

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 大学生になった頃、真吾が再び町に帰ってきた。優しくて純粋で、何一つ変わってない真吾。しかし、真吾の前にいたのは性格も表情さえも変わってしまった別人。最初はその変わりように戸惑っていた真吾だが、まるで他人のようにも思える私を、ある日隣町の遊園地に誘ってくれた。    家族連れやカップルで賑わう休日の遊園地。笑顔が溢れるその場所でも、私は心の底から笑う気にはなれなかった。唯一心が許せる真吾にまで嫌われたら、私は本当に1人になってしまう。ボロを出さないように、細心の注意を払った。必死に表情を読み、真吾が何をしたいのか、何を望んでいるかを想像した。それだけで疲れてしまい、遊園地を楽しむ元気など無く、メリーゴーランドの前のベンチに腰掛けた時には、体力よりも精神力を使い果たしていた。真吾はそれを見逃さなかった。   「茜ちゃん、疲れちゃった?」 「ううん、全然!久しぶりの遊園地、楽しいね」    疲れた顔で笑ってみせたが、全く説得力はない。   「僕が引っ越してから、何かあったの?」   「え……?」   「今の茜ちゃん、僕が知ってる茜ちゃんとは別人みたいだ。きっと何かがあって、茜ちゃんを変えてしまったのかなと思って」    いつも周りの目を気にしていた真吾は、私よりも早く、人の表情を読むスキルを身につけていた。そんな彼には、全てお見通しだった。  身長も体格も私より大きくなってはいたが、優しい表情だけは子供の頃と変わらない。真吾は、真っ直ぐ私の瞳を見つめている。その純真な瞳を前にしても、私は的確に言葉を選んで慎重に話した。   「私ね、もう思ってる事をそのまま口に出すのはやめたの。誰かを傷付けてしまうかもしれないし。おかしいよね、そんな当たり前の事にずっと気付いていなかったなんて」   「そんな、傷付けるなんて。だって茜ちゃんの本音は何度も僕を助けてくれただろ?」   「そう思ってるのは真吾だけだよ。真吾の事だって、私の本音で傷付けた事があるかもしれないのに。それにもういいの。波風立てずに生きていく為には、こっちの方が正しいって分かったから」    遠い昔、河川敷で感じたような爽やかな風が、今度は私の暗い顔を撫でて通り過ぎて行った。自分を捨て去った今の私は、通りすがりの風にさえ同情されてしまうぐらい惨めなのかもしれない。優しい真吾は、私を蔑む事もなく、静かに見守っていた。  
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