引き出しの奥の大切な彼女

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 陽は傾きかけ、公園帰りの子供達が有り余る体力を見せつけるかのように、追いかけっこをしながら通り過ぎて行く。そんな元気な後ろ姿を見送りながら、私と真吾は並んで歩いていた。   「茜ちゃん、さっきはありがとう。嬉しかったよ。何だか、小学生の頃の茜ちゃんが見えたような気がした」   「私、真吾のお父さんに偉そうな事言っちゃったかも。怒ってないかな?」   「あまり周りに意見された事のない人だから、びっくりしたとは思うけど……でも僕の父親なら、僕の事をちゃんと思ってくれているなら、きっと分かってくれる。そう信じてる」    それでも不安で視線がさまよう私に、真吾は力強く続ける。   「悪意を持った本音と、相手を思って出る本音って別物だと思うんだ」   「え……?」   「ただ自分の感情をぶつけたいだけの本音は、人を傷付ける。僕の記憶にある茜ちゃんは、そういう本音を一切出さなかった。茜ちゃんの本音は、いつだって誰かを助けていた。自分の為というより、相手の為の本音だった。そういう本音は、捨てなくてもいいんじゃないかな?これから先もきっと、僕みたいに茜ちゃんの本音で救われる人がいると思うから」    真吾の言葉を聞き、長い間私をガチガチに縛っていた何かが緩んだ気がした。しかし、完全に解けた訳ではかった。   「でも……怖い。昔の自分に戻るのが。また大切なものを失いそうで」   「茜ちゃん、こっちを見て」    自分の殻に閉じこもろうとする私を、真吾がその言葉で引っ張り出す。   「茜ちゃんは1人じゃないんだよ。僕が傍にいる。怖くなったら、僕に話して。僕はいつだって茜ちゃんの味方だから。子供の頃、僕を守ってくれたように、今度は僕が茜ちゃんを守りたい。これが僕の本音だよ」    真吾の口から、あの日の自分のセリフが出てくるとは思わなかった。そしてその言葉をかけてもらったからこそ、分かった事がある。誰かの為を思う本音が、こんなにも優しくて温かいものだという事。その温もりで、私を縛っていたものは溶けるように消えていった。偽りの自分から解放された今、やらなければならない事がある。   「私、今すぐ迎えに行かなきゃならない人がいるの。真吾、ありがとう!また連絡するから!」    長年待たせている人がいる。その人に会う為に、笑顔で手を振る真吾に別れを告げ、家へと走った。    
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