45話 空の青

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45話 空の青

「俺も全力でサポートする!」 と、レイに誠心誠意言われても、リルはあまり頼もしく思えなかった。 でも、目の前の闇に呑み込まれそうな久居は、なんとかしなきゃと思う。 (どうしよう……。久居を焼かないように、闇だけ焼くなんて、ボクに出来るかな……) 久居の呼吸は苦しそうな音だけど、整えようとしてるのか、少しずつ少しずつ、ゆっくり落ち着いてきてる。 これなら、待ってれば、久居が自分でなんとかできるんじゃないのかな……? ほんの少し首を傾げたリルに、レイが提案してくる。 「まずは、あのはみ出てる、久居から遠い部分から火球で焼いてみるか?」 「久居! ボクの声聞こえる?」 レイを無視したリルの言葉に、闇の塊がゆらりと揺れる。 「……リル……っ」 小さな小さな声が、リルの耳にだけ届いた。 「ボクが闇を焼いた方がいい? このまま待っとくほうがいい?」 「……焼いて、くださ……っ」 途切れ途切れに、それでも久居から手助けを求められたのが、リルには分かった。 久居に助けてって言われた。 その事実が、リルに力を与える。 「分かった。ボク頑張るね!!」 にっこり笑って元気に答えて、リルは指をまっすぐ久居に向けると、いつものように、ふわりと柔らかく炎で包んだ。 「リル! 久居まで焼く気か!!」 レイが焦って叫ぶので、リルは煩そうにレイ側の耳をパタパタさせながら答える。 「これは、久居を守る炎だから大丈夫だよ。あと、レイ声が大きすぎるよぅ……」 「そ、そうか、すまない……」 レイがしゅんとする。 非常識な程の音量では無かったつもりのレイだが、リルの耳には煩すぎたのだろうと素直に反省している様だ。 炎は、闇をも優しく包み込んでいる。 (この炎では、闇も一緒に包んでしまうけど。  闇だけ。闇だけ溶かしたい……。  久居は溶かさないように、闇だけ、そうっと溶かす……) リルが炎に集中する。 白っぽかった炎が、徐々に水色に近付いてくる。 久居は、全身を暗い闇に重く絡み付かれていたが、その外から、何かふわりと温かいものに包まれたような感覚を受ける。 (これは、リルの炎ですね) 炎のおかげか闇の締め付けがじわりと緩む。 その隙に久居は呼吸を整える。 菰野の姿を、ひたすらに眼裏へ映しながら。 一瞬でも気を抜くと、自分への怒りで我を忘れてしまいそうだった。 冷静である事すら出来ない。 己の不甲斐なさ、情けなさに、またじわりと怒りが湧く。 それをまた、必死で封じ込める。 こんな事をもう何度繰り返しただろうか。 久居は、どうしようもない徒労感に苛まれる。 こんな無様な自分を許す事など、到底出来そうにもない。 だとすれば、この状況はどうすれば良いと言うのか。 じりじりと、しかし確実に、気力も体力も削られてゆく。 足元から這い寄る絶望は、既に久居の足首を掴んでいた。 リルの耳に、呼吸を落ち着かせかけては、また激しく乱される、久居の絶え間ない苦しみの音が届く。 「ねぇレイ、久居はもしかして、怒ってるの?」 リルに尋ねられて、レイが努めて静かに答える。 「あ、ああ。久居は、自分が母親と弟を殺したと言っていた。  おそらく、守れなかった自分が許せないんじゃないか?」 「そうなんだ……」 (久居にも、どうにもならなかった事があるんだ……) リルは、つられて悲しくならないよう、慎重に心を調え、炎に込めてゆく。 炎は、うっすらとした水色から、秋の空よりも深く美しい澄みきった青へと、輝きながら少しずつ色を変える。 「何してるんだ?」 尋ねるレイに「ちょっと黙っててね」とリルが答える。 いつの間にかリルの額には汗が浮かんでいた。 レイが、リルの集中を邪魔してしまった事に気付いてまたしゅんとなる。 (久居、ボクは……) リルが目を閉じる。 (久居が居てくれたから、ボクはここにいるよ) ついに、久居を包む炎の全てが、空よりもずっと鮮やかな青に染まる。 (いつだって、久居が助けてくれた) 限りなく力を注ぎ続けるリルの指先が、冷え切って震えだす。 指先から全てが炎に溶けてゆく感覚に、怯えてしまいそうな自分の心をリルは必死で支えた。 きっと、自分よりもずっと、久居の方が今は苦しい。 ボクも返したい。久居にもらった温かい物を。 (……ボクの心も命も、ずっと、全部、久居が守ってくれてたよ) リルはそっと目を開く。 涙が一粒、零れて落ちた。 (久居、届いてる……?)
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