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闇に沈む久居は、炎の温度が上がるにつれ、体が軽くなるのを感じていた。
体に纏わり付く闇の重さが薄れてゆく。
リルが頑張っているのが分かる。
けれど、どうしても、自分の心が御し切れない。
そこへ、温かい炎の流れに乗って、リルの心がふわりと久居に届いた。
『大丈夫だよ』
(リル……?)
『久居の、自分を許せないところも、この闇も、全部ボクは大好きだから』
リルから久居の心へ直接届けられた好意は、久居が思っていたよりずっとずっと大きく温かく、真っ直ぐだった。
煮え滾るような憎悪も、地を割るほどの怒りも、リルの心の炎に全て包み込まれると、ゆるゆると溶け出した。
憎悪が溶けてゆくとともに、久居を捕らえていた闇も、まるで水飴か何かのように、青く輝く炎の中へトロリと溶けて消えてゆく。
暗闇に覆われていた視界が広がり、気付けば、久居を包む炎は今まで見たこともないくらいに鮮やかな青色をしていた。
「……なんて、美しい……」
久居も思わず見惚れてしまうほどに、凝縮された高度なエネルギーというのは人を強く惹きつけた。
「ものすごい……力の、塊だ……」
同じく呆気に取られていたレイが、現れた久居の姿にハッとして叫ぶ。
「リル、やったな!」
思わず声を上げて、慌てて口元を押さえているが、それに反応した者はいなかった。
開けた視界の先、久居の前に立つリルは、青白い顔をしていた。
その瞳には既に光が宿っていなかった。
「リル、もう大丈夫です!!」
久居が駆け寄ろうとしたが、こちらも限界だったのか、その場に膝を付く。
「レイ、リルを……っ!」
腕にも力が入らないのか、腕を付いてもなお崩折れる久居が、なんとか必死で顔を上げて叫ぶ。
慌ててリルに駆け寄ったレイが、手を伸ばしかけ、
「触れてはいけませんっ!!」
と久居に止められた。
「リルの、炎の放出を、止めてから……」
荒い息で途切れ途切れに伝えられて、レイはリルをよく見てみる。
確かに、パッと見では分からないほどだが、リルの輪郭には陽炎のような揺らぎがあった。
「リル! もういい! 久居は助かった!!」
そばで叫ぶレイの言葉は、リルに届いていない。
久居はまだ炎に包まれている。
青い炎は、決して久居を溶かそうとはしなかった。
が、この状態では、レイの肩を借りるわけにもいかない。
久居は不格好ながらも、残る力でなんとか地を這ってリルに近付く。
徹夜での戦闘と、潜水と、先程までの葛藤で、久居もとうに限界だった。
それでも、自分の為に尽力してくれたリルを、このままになど出来るはずがない。
気を抜くと一瞬で吹き飛びそうな意識を、必死に繋ぎ止めて這う。
レイが、リルにも久居にも触れられずに、オロオロと二人の側を行き来している。
ぶつぶつと、何か少しでもサポートできる術が無いかと思案しているようだが、物理的な干渉は炎に打ち消されてしまうだろう。
「リル! 久居はもう大丈夫だ! 炎を収めてくれ!」
レイは、リルに声をかけ続ける事しか出来ない自分が歯痒い。
(っ、せめて、声が届いてくれれば……!)
リルに、先に手が届いたのは、久居だった。
炎に包まれた久居の手が、リルの足に触れた時、久居を包んでいた青い炎は、そこからリルへ流れ込んだ。
炎が一気に大きく広がる。
「ぅおわっ」
レイがなんとかギリギリで避けるも、翼の端が少し焦げたのか細い煙が上がる。
広がった炎は淡い水色になり、リルの中へするすると吸収されてゆく。
「リル……」
久居の声で、リルの瞳に光が戻った。
「久居、……あれ?」
リルは、さっき久居がいたはずの場所を見てから、足元の久居に視線を落とす。
ひょい。とリルがしゃがむ。
その拍子に、まだリルの瞳に残っていた涙が、ぱたたっと久居の上に降ってきた。
しゃがみ込むつもりだったリルが、バランスを崩して、とてんと尻餅をつく。
「うわぅ」
どうやら、力の使いすぎでうまく動けないようだ。
離れたところから、レイが助け起こしに行こうか迷っている。
まだ二人は炎に包まれていた。
「大丈夫ですか?」
久居の言葉に、リルが頷く。
「うん。久居も大丈夫?」
「はい、おかげさまで……」
ふわりと微笑む久居に、リルも甘く微笑む。
「そっか、良かった……」
笑顔のまま、リルは久居の上に崩れた。
二人を柔らかく包んでいた炎が、空に溶ける。
久居は、意識を失ったリルの呼吸、脈等を素早く目と耳で確認する。
(力の漏れは、ありませんね……)
ホッと気を抜いた瞬間、久居の意識も途切れた。
「リル、久居!」
重なり動かなくなった二人の元へ、慌ててレイが駆け付ける。
リルを抱き起こそうとして、ちょっと躊躇ってから、おそるおそる翼の先で触れる。
何ともないことを確認すると、リルの肩を抱き上げる。
リルは、幸せそうな顔をして眠っていた。
うつ伏せの久居も、ひっくり返してみる。
その顔は、疲れ切った風ではあったが、苦しげな表情ではなくなっていた。
(久居の寝顔、レアだな。
……いや、これは気を失ってるだけか……)
なんだか、前にもこんなことを思った事があるな、なんて思いつつ、レイは二人をクリスの家へと運ぶ事にする。
カロッサのところへ行くのは、明日以降になるかも知れない。
時間があるうちに、彼女になんて報告をするのが一番良いか、よく考えてみよう。
レイは、またも役立たずだった自分への苦い思いを噛み潰しながら、なるべく冷静に考えようと努めた。
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