42話 再会

2/3
前へ
/53ページ
次へ
「くーちゃん、あっちだよ!」 リルの指差す方へ、空竜はぐんと速度を上げて進む。 道の先に、リルがずっと会いたがっていた少女の背が見えて来る。 全力で走る少女の足元で白い猫も並走している。 その少し向こうには数人の男達。 二年前、男達に追われていたところを助けた少女は、今、男達を追っていた。 (既に奪われた後ですか!) 久居は一瞬で状況を把握する。 「クリスーっ!」 リルが少女の背に弾んだ声をかける横で、久居が叫んだ。 「空竜さん、あの男達を追ってください!」 空竜が翼を大きく広げ、力強く羽ばたく。 ビュウとまるで風のようにクリスの頭上を通り過ぎると、リルの「ええー?」という非難の声が風に舞い散った。 「まずは環を取り返します。クリスさんのために」 久居の声に、ようやく状況を理解できたリルが「そっか、分かった!」と強く頷く。 「人数は?」 まだ遠目で、人らしき影がいくつか走っていることしか分からない久居が、リルに尋ねる。 「六人だな」とレイから返事が返った。 「三人ずつ倒せばいいか?」 問われて、久居が「できる範囲で構いません」と答えてから「生かしておいてください」と付け加える。 「天使は基本、殺生はしないんだぞ?」 レイは心外そうに答えたが、カロッサの今までの反応を見ていると、にわかには信じ難い言葉だった。 「先にも仲間がいるみたい」 リルの言葉に、 「合流する前に叩きます」 と久居が答えると、空竜がすうと息を吸い、大声で鳴いた。 「クオオオォォォォォオオォォォオオン!!!」 ビリビリと空気を裂いて響く振動に、男達が一斉に振り返った。 久居はリルの耳を押さえた手を離すと、空竜の急減速に備える。 足の鈍った男達の頭上を通り過ぎたところで、空竜が急減速、急旋回して着陸する。 レイが旋回の途中後方に吹き飛んだような気もするが、そのうち戻って来るだろう。と気を取り直して、久居はリルを抱えて飛び降りた。 「な、なんだお前達は!!」 突然現れたリル達に、男が叫ぶ。 「それを、返していただきます」 環は剥き出しのまま、男の手にあった。 「……何の事だ」 「……」 久居は答えない。余計なやり取りをするつもりは無いようだ。 じっと鋭い眼差しを男達に向けている。 「断ると言ったら?」 煽るような男の言葉に、久居が表情を変えないまま静かに答えた。 「拒否権はありません」 不穏だった場の空気が、ビリッとした一触即発の緊張感に包まれる。 「ボクはどうしたらいい?」 リルがこそっと久居に尋ねる。 「リル自身と私に薄く炎を」 久居が口の中で小さく答える。 これでもリルには十分聞こえるはずだ。 男達はてんでバラバラの格好をしている。 頭が隠れているのは二人だったが、ツノなど隠そうと思えば隠せるだろう。 念のため、久居達は炎を纏った。 スラリと久居が刀を抜き、正眼に構えると、男達は久居達を囲むように位置取る。 環を握った男が、低く鋭く叫んだ。 「殺るぞ!」 男達は傭兵の寄せ集めなのか、それぞれが別の獲物を構えた。 後方の男が火縄銃のような物を取り出すのを見て、久居はそちらを正面に、リルを背に庇う。 炎をなるべく強めておくよう告げ、自身も胸の前と背に障壁を出した。 短剣を構えた男が、久居の斜め後ろから飛び掛かる。 その短剣を刀で受け止めた瞬間、弩から矢が放たれる。 避けるとリルに当たる角度だ。 短剣を強引に弾き飛ばし、体を捻りながらリルの首根っこを掴んで避けさせる。 チリリと炎をかすって矢は地に刺さる。 (仕方ないですね、少し火傷してもらいましょう) 「リル、炎を一面に撒いてください」 「う、うん」 リルが、一瞬詰まった息にケホケホ言いながら、答える。 「弱火でお願いしますね」 「はーい」 言いながら、リルが指先でくるりと小さく円を描くと、リルと久居は周囲をぐるりと炎の絨毯に包まれた。 男達が慌てて飛び退く。 先ほど地に刺さった矢がパチパチと音を立てて燃え尽きる。 久居は、辺りを包む炎に男達が畏怖してくれればと僅かに期待したのだが、男達に怯む様子はなかった。 リル目掛けて鎖鎌のようなものが飛びかかる。 久居がリルの前に割り入って、刀で受け止める。 鎌と鎖が巻きついた刀を炎の中に投げ込むと、久居は流れるような動作で新たな刀を抜いた。 その一瞬の隙に、視界の端で常に追っていたはずの銃を構えた男が居なくなった。 (どこへ……) と久居が思った瞬間、ガァンと大きな音がした。 弾は、音と同時にリルと久居を貫く、はずだった。 音の方向を見ると、銃を手にしたままの男が膝から崩れるところだった。 「危っっねええええええ!!」 声に振り返ると、レイが髪やら翼に小枝や枯れ草を絡ませまくったままに、肩で息をしていた。 レイの姿に、男達の間に動揺が広がる。 レイは苦しそうな表情で、口の中で何やら呪文を詠唱していた。 「あ、レイだ」 「忘れていました」 「覚えててくれ!!」 叫ぶレイが広げた両手から、光の鳥が群れをなしてザアッと飛び出す。 一つ一つはほんの小鳥ほどのサイズの光が群れになり、ぐるりと周囲を飛び回ると、その場に立っているのはリル達三人だけになった。 「器用ですね」 あまりに呆気ない幕引きに、久居が肩を竦める。 見れば、倒れた者達はすっかり気を失っている。 環を持っていた男から、それを回収しようと久居が一歩動いた時、リルがその背に体当たりした。 「久居!」 ガァンと、先程と同じ音がする。 久居はリルに押し倒されるように地に伏しながら、首だけで音のした方を振り返る。最初に倒された男が、倒れたままの姿勢から、銃を撃ったようだった。 リルが耳で察知するも、言葉で伝える時間がなかったのだろう。 とっさに動いてもらえて、助かったと久居は心から思った。 レイが銃の男へ素早く鳥を放って意識を奪う。 「ひぇぇぇぇぇぇぇ」 リルの情けない悲鳴に、久居が起き上がりつつ背に乗ったリルを抱え起こすと、リルの括った後ろ髪が、いくらか吹き飛んでいた。 涙目になったリルを、久居が膝に乗せたまま抱きしめる。 「リル、とても助かりました。怖い思いをさせてしまって、すみません……」 「いや、俺も、先に倒したやつを忘れてた。すまない……」 二人に一斉に謝られて、リルが「う、うん……、だいじょうぶ……」と引きつった顔で答え、耳をピクリと動かす。 「あっ、向こうの人達、こっちに来そう!」 それはそうだろう。 こう二度も銃声が響けば、待機していた仲間も不審がって当然だ。 「逃げるか?」 レイの言葉に 「いえ、迎え撃ちます」 と久居が答える。 先程、リル達がカロッサに指示された通りの家を見つけた時、そこは既にもぬけの殻で、至る所に戦闘の跡があった。 つまり敵はクリスの家を知っている。 彼女があそこでもう一度暮らすには、少なくとも今日襲ってきた敵を全て何とかする必要があった。 「リル。クリスさんと敵は、どちらが早くここに着きそうですか?」 久居の問いに、リルは両耳をそれぞれ道のむこうとこちらに向けて、うーんと首を傾げてから 「同じくらいかな」と答えた。 久居が男の手から環を引き剥がす。 それは確かに、風と雲だった。 「あちち」と火の粉が翼に燃え移りそうになっているレイを見て、リルが地に撒いた炎を消す。 「レイにも炎あげようか?」 リルがレイを見上げるが、レイは首を振った。 「いや、遠慮する。相手は鬼との戦い方をよく知ってたみたいだしな」 確かに。と久居も思う。 今回の敵は、炎に怯む風もなく、飛び道具を多く使ってきた。 ある程度の速度で動く物なら、炎が相当高温でない限りは、燃え尽きる前に貫通できる。 障壁と違うのはそこだと、久居も気付いてはいた。 「向こうにも、鬼がいるのでしょうか」 「そうかも知れないな」 久居は、カロッサと何か関わりがあるらしい、あの赤髪の少年鬼を頭の端で思い浮かべる。 「今のうちに縛り上げますか」 久居が足元の男に手をかけると、 「いや、しばらくは起きないと思うぞ」 とレイが言った。 久居は男の両脇を抱え上げ、ズルズルと道の端へ避ける。 「この人達、避けるの?」 「盾にされても厄介ですからね、片付けておきましょう」 久居の答えに「ボク手伝うー」とリルが両手に二人ずつ男をつまんでズルズルと引き摺っていく。 リルの背が低いこともあり、男達は体のほとんどがまだ地についたままだ。 レイは目の前で擦り傷だらけになっていく男達を、憐憫の眼差しで見送った。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加