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「くーちゃん、あっちだよ!」
リルの指差す方へ、空竜はぐんと速度を上げて進む。
道の先に、リルがずっと会いたがっていた少女の背が見えて来る。
全力で走る少女の足元で白い猫も並走している。
その少し向こうには数人の男達。
二年前、男達に追われていたところを助けた少女は、今、男達を追っていた。
(既に奪われた後ですか!)
久居は一瞬で状況を把握する。
「クリスーっ!」
リルが少女の背に弾んだ声をかける横で、久居が叫んだ。
「空竜さん、あの男達を追ってください!」
空竜が翼を大きく広げ、力強く羽ばたく。
ビュウとまるで風のようにクリスの頭上を通り過ぎると、リルの「ええー?」という非難の声が風に舞い散った。
「まずは環を取り返します。クリスさんのために」
久居の声に、ようやく状況を理解できたリルが「そっか、分かった!」と強く頷く。
「人数は?」
まだ遠目で、人らしき影がいくつか走っていることしか分からない久居が、リルに尋ねる。
「六人だな」とレイから返事が返った。
「三人ずつ倒せばいいか?」
問われて、久居が「できる範囲で構いません」と答えてから「生かしておいてください」と付け加える。
「天使は基本、殺生はしないんだぞ?」
レイは心外そうに答えたが、カロッサの今までの反応を見ていると、にわかには信じ難い言葉だった。
「先にも仲間がいるみたい」
リルの言葉に、
「合流する前に叩きます」
と久居が答えると、空竜がすうと息を吸い、大声で鳴いた。
「クオオオォォォォォオオォォォオオン!!!」
ビリビリと空気を裂いて響く振動に、男達が一斉に振り返った。
久居はリルの耳を押さえた手を離すと、空竜の急減速に備える。
足の鈍った男達の頭上を通り過ぎたところで、空竜が急減速、急旋回して着陸する。
レイが旋回の途中後方に吹き飛んだような気もするが、そのうち戻って来るだろう。と気を取り直して、久居はリルを抱えて飛び降りた。
「な、なんだお前達は!!」
突然現れたリル達に、男が叫ぶ。
「それを、返していただきます」
環は剥き出しのまま、男の手にあった。
「……何の事だ」
「……」
久居は答えない。余計なやり取りをするつもりは無いようだ。
じっと鋭い眼差しを男達に向けている。
「断ると言ったら?」
煽るような男の言葉に、久居が表情を変えないまま静かに答えた。
「拒否権はありません」
不穏だった場の空気が、ビリッとした一触即発の緊張感に包まれる。
「ボクはどうしたらいい?」
リルがこそっと久居に尋ねる。
「リル自身と私に薄く炎を」
久居が口の中で小さく答える。
これでもリルには十分聞こえるはずだ。
男達はてんでバラバラの格好をしている。
頭が隠れているのは二人だったが、ツノなど隠そうと思えば隠せるだろう。
念のため、久居達は炎を纏った。
スラリと久居が刀を抜き、正眼に構えると、男達は久居達を囲むように位置取る。
環を握った男が、低く鋭く叫んだ。
「殺るぞ!」
男達は傭兵の寄せ集めなのか、それぞれが別の獲物を構えた。
後方の男が火縄銃のような物を取り出すのを見て、久居はそちらを正面に、リルを背に庇う。
炎をなるべく強めておくよう告げ、自身も胸の前と背に障壁を出した。
短剣を構えた男が、久居の斜め後ろから飛び掛かる。
その短剣を刀で受け止めた瞬間、弩から矢が放たれる。
避けるとリルに当たる角度だ。
短剣を強引に弾き飛ばし、体を捻りながらリルの首根っこを掴んで避けさせる。
チリリと炎をかすって矢は地に刺さる。
(仕方ないですね、少し火傷してもらいましょう)
「リル、炎を一面に撒いてください」
「う、うん」
リルが、一瞬詰まった息にケホケホ言いながら、答える。
「弱火でお願いしますね」
「はーい」
言いながら、リルが指先でくるりと小さく円を描くと、リルと久居は周囲をぐるりと炎の絨毯に包まれた。
男達が慌てて飛び退く。
先ほど地に刺さった矢がパチパチと音を立てて燃え尽きる。
久居は、辺りを包む炎に男達が畏怖してくれればと僅かに期待したのだが、男達に怯む様子はなかった。
リル目掛けて鎖鎌のようなものが飛びかかる。
久居がリルの前に割り入って、刀で受け止める。
鎌と鎖が巻きついた刀を炎の中に投げ込むと、久居は流れるような動作で新たな刀を抜いた。
その一瞬の隙に、視界の端で常に追っていたはずの銃を構えた男が居なくなった。
(どこへ……)
と久居が思った瞬間、ガァンと大きな音がした。
弾は、音と同時にリルと久居を貫く、はずだった。
音の方向を見ると、銃を手にしたままの男が膝から崩れるところだった。
「危っっねええええええ!!」
声に振り返ると、レイが髪やら翼に小枝や枯れ草を絡ませまくったままに、肩で息をしていた。
レイの姿に、男達の間に動揺が広がる。
レイは苦しそうな表情で、口の中で何やら呪文を詠唱していた。
「あ、レイだ」
「忘れていました」
「覚えててくれ!!」
叫ぶレイが広げた両手から、光の鳥が群れをなしてザアッと飛び出す。
一つ一つはほんの小鳥ほどのサイズの光が群れになり、ぐるりと周囲を飛び回ると、その場に立っているのはリル達三人だけになった。
「器用ですね」
あまりに呆気ない幕引きに、久居が肩を竦める。
見れば、倒れた者達はすっかり気を失っている。
環を持っていた男から、それを回収しようと久居が一歩動いた時、リルがその背に体当たりした。
「久居!」
ガァンと、先程と同じ音がする。
久居はリルに押し倒されるように地に伏しながら、首だけで音のした方を振り返る。最初に倒された男が、倒れたままの姿勢から、銃を撃ったようだった。
リルが耳で察知するも、言葉で伝える時間がなかったのだろう。
とっさに動いてもらえて、助かったと久居は心から思った。
レイが銃の男へ素早く鳥を放って意識を奪う。
「ひぇぇぇぇぇぇぇ」
リルの情けない悲鳴に、久居が起き上がりつつ背に乗ったリルを抱え起こすと、リルの括った後ろ髪が、いくらか吹き飛んでいた。
涙目になったリルを、久居が膝に乗せたまま抱きしめる。
「リル、とても助かりました。怖い思いをさせてしまって、すみません……」
「いや、俺も、先に倒したやつを忘れてた。すまない……」
二人に一斉に謝られて、リルが「う、うん……、だいじょうぶ……」と引きつった顔で答え、耳をピクリと動かす。
「あっ、向こうの人達、こっちに来そう!」
それはそうだろう。
こう二度も銃声が響けば、待機していた仲間も不審がって当然だ。
「逃げるか?」
レイの言葉に
「いえ、迎え撃ちます」
と久居が答える。
先程、リル達がカロッサに指示された通りの家を見つけた時、そこは既にもぬけの殻で、至る所に戦闘の跡があった。
つまり敵はクリスの家を知っている。
彼女があそこでもう一度暮らすには、少なくとも今日襲ってきた敵を全て何とかする必要があった。
「リル。クリスさんと敵は、どちらが早くここに着きそうですか?」
久居の問いに、リルは両耳をそれぞれ道のむこうとこちらに向けて、うーんと首を傾げてから
「同じくらいかな」と答えた。
久居が男の手から環を引き剥がす。
それは確かに、風と雲だった。
「あちち」と火の粉が翼に燃え移りそうになっているレイを見て、リルが地に撒いた炎を消す。
「レイにも炎あげようか?」
リルがレイを見上げるが、レイは首を振った。
「いや、遠慮する。相手は鬼との戦い方をよく知ってたみたいだしな」
確かに。と久居も思う。
今回の敵は、炎に怯む風もなく、飛び道具を多く使ってきた。
ある程度の速度で動く物なら、炎が相当高温でない限りは、燃え尽きる前に貫通できる。
障壁と違うのはそこだと、久居も気付いてはいた。
「向こうにも、鬼がいるのでしょうか」
「そうかも知れないな」
久居は、カロッサと何か関わりがあるらしい、あの赤髪の少年鬼を頭の端で思い浮かべる。
「今のうちに縛り上げますか」
久居が足元の男に手をかけると、
「いや、しばらくは起きないと思うぞ」
とレイが言った。
久居は男の両脇を抱え上げ、ズルズルと道の端へ避ける。
「この人達、避けるの?」
「盾にされても厄介ですからね、片付けておきましょう」
久居の答えに「ボク手伝うー」とリルが両手に二人ずつ男をつまんでズルズルと引き摺っていく。
リルの背が低いこともあり、男達は体のほとんどがまだ地についたままだ。
レイは目の前で擦り傷だらけになっていく男達を、憐憫の眼差しで見送った。
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