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パチンパチンと金属が噛み合った音がして、レイが振り返る。
「あっ、腕輪使うつもりか!?」
久居は手首に環を装着していた。
「万一に備えて、です。次もレイが頑張ってくれるなら、必要ありませんよ?」
久居が、にこりと微笑んで答える。
レイは小さくため息を吐きながら、半ば諦め顔で言った。
「……分かった。俺が行くから、お前達はここで待っていてくれ」
「助かります」
久居の返事を聞くと同時に、レイは男達が来るはずの方向へ走り出す。
力強く大地を蹴り、真っ白な翼を大きく開くと、空へ舞い上がる。
と同時に術を使ったのか、その姿は見えなくなった。
「レイ凄いねえ」
空を見上げたリルの言葉に、久居が苦笑しつつ答える。
「そうなんですよね。下手に有能なもので、つい便利に使ってしまって、困ります」
「久居が困るの?」
「私が困ります」
「そうなんだ……?」
リルが久居の顔をじっと見る。ちょっとだけ悲しそうな、本当に困った顔をしている久居に、リルは小さく首を傾げてから提案した。
「あ、じゃあ、今日の夕飯はレイの好きなものにしようよ」
「……そうですね、そうしましょうか」
そう言って、黒髪の従者は柔らかく微笑んだ。
バサバサというレイの羽音が遠ざかってしばらくすると、道を曲がったその先から叫び声が上がり、すぐに静かになった。
「三人。倒れたみたい」
リルがその耳で得た情報を報告する。
「そうですか。他に周囲に人は?」
「今のところいないね。あ、クリス達が来たよ」
そう言って道の反対を振り返るリルにつられて、久居もそちらを見る。
リルが大きく手を振り駆け出して行く後姿を見送りながら、久居はそっと手首の環を外した。
「クリスー!」
ニコニコ顔の少年にぶんぶんと手を振られて、少女は足を止める。
「リル!? えっ、嘘……、どうして……!?」
切羽詰まった顔の少女が、焦りの上から困惑を滲ませる。
「環は取り返したよ!」
笑顔で告げられて、少女は驚きに包まれた。
「本当!? っっありがとう!!」
クリスは全力で礼を言うと、やっとホッとしたように表情を緩めた。
そこへ久居が静かに近付く。
「お久しぶりです。どうぞ……と、その前に治しますね」
久居は彼女を早く安心させようと、その手に環を渡そうとした。
が、その両手は酷く傷付いていた。
久居は環をリルに預けて治癒を始める。
「あ、ありがとう……」
「少し変わった感触がしますが、そのままじっとしていてくださいね」
「はい……」
クリスは二年前の久居の治癒を覚えていたため、大人しく指示に従った。
その隙に、牛乳がピョンとリルの背からよじ登り、リルの帽子の上に乗る。
「牛乳もお久しぶりだねーっ」
クリスに牛乳と名付けられた真っ白い猫は、青い瞳をくりくりさせて、リルの目の前に尻尾をたらして遊びはじめる。
『また会いに来るなんて、お前、俺様のクリスに気があんのか!?』
とでも言うように、牛乳は尻尾でリルの顔にぺちんぺちんとちょっかいをかけている。
目の前に揺れる尻尾を迷惑そうにしながらも、リルが尋ねた。
「その怪我、さっきの人達にやられたの?」
「う、うん……」
クリスの答えに、リルは
「女の子にこんなことするなんて、酷い!」
とプンスカ怒り出す。
クリスは、今まで一人で気を張っていたところへ、何やら急に世話を焼かれて、どうにも居心地が悪そうな様子だ。
そこへレイが戻ってきた。
「こっちは片付いたぞー。あ、その子がリルの気にしてた子か?」
クリスがレイの姿にビクッと肩を揺らす。
「動かないでください」と久居がそっと注意するも、横目で確認したレイの姿に、久居も内心どうしたものかと眉を寄せる。
わざとなのか。それとも……。
牛乳が『気にしてたってどういう意味だ』とリルに頭上から睨みを利かせるも、当のリルはにっこり笑って「うんっ、ずっと会いたかったんだ!」と答えた。
レイはリルの言葉に(リル的には、恋とかじゃないんだな……)と思うも、その向こうで少女はじわじわと赤くなってゆく。
「牛乳も、会いたかったよーっ」
リルが牛乳を撫でようと頭上に手を伸ばす。
『来んなら来いやぁぁ、痛い目に遭わせてやるぜっっ』と牛乳が迎え撃つべく鋭い爪を構えた瞬間、久居が牛乳を鋭く目で射抜いた。
久居の殺気に貫かれ、大人しくなった牛乳を、リルが胸元に抱いて撫でる。
レイは、少女の前まで歩み出ると、姿勢を正して口を開いた。
「初めましてお嬢さん、私はレイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクスと申します」
優雅に一礼をして軽く膝を曲げたレイが、
(あ。翼仕舞ってなかった……)
と、ようやく気付いた。
(どっ……どうする俺!? 今から消すか!? いやいや、今更だよな!?)
レイが冷や汗まみれになっていると、クリスがおずおずと返事をした。
「は、初めまして、天使さん……? クリスティアナ・エル・フォンティです……」
レイの名につられてか、それとも前回より信頼があったからか、クリスが本名らしきものを口にすると、リルが驚いた。
「わー、クリスも名前ながーい」
「あ……ごめんね。リルにはちゃんと名前、伝えてなかったね」
クリスがあせあせとリルを振り返る。
十九歳になったクリスは、高い位置で括っていた金髪を、肩の下で緩やかに編んでいた。顔立ちも少し大人びて、今のリルとは人間の見た目で七つほどは離れて見える。
良くて姉弟、悪ければ保護者と子ども。と言う感じだろうか。
「ううん、気にしてないよ」
ニコッとリルが微笑み返す。
「リルは、……変わらないね」
どこか安心したようにクリスが笑うと、リルは
「クリスはお姉さんになったね。とっても綺麗になってて、ボクびっくりしちゃった!」
と答え、彼女をさらに赤くさせた。
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