42話 再会

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パチンパチンと金属が噛み合った音がして、レイが振り返る。 「あっ、腕輪使うつもりか!?」 久居は手首に環を装着していた。 「万一に備えて、です。次もレイが頑張ってくれるなら、必要ありませんよ?」 久居が、にこりと微笑んで答える。 レイは小さくため息を吐きながら、半ば諦め顔で言った。 「……分かった。俺が行くから、お前達はここで待っていてくれ」 「助かります」 久居の返事を聞くと同時に、レイは男達が来るはずの方向へ走り出す。 力強く大地を蹴り、真っ白な翼を大きく開くと、空へ舞い上がる。 と同時に術を使ったのか、その姿は見えなくなった。 「レイ凄いねえ」 空を見上げたリルの言葉に、久居が苦笑しつつ答える。 「そうなんですよね。下手に有能なもので、つい便利に使ってしまって、困ります」 「久居が困るの?」 「私が困ります」 「そうなんだ……?」 リルが久居の顔をじっと見る。ちょっとだけ悲しそうな、本当に困った顔をしている久居に、リルは小さく首を傾げてから提案した。 「あ、じゃあ、今日の夕飯はレイの好きなものにしようよ」 「……そうですね、そうしましょうか」 そう言って、黒髪の従者は柔らかく微笑んだ。 バサバサというレイの羽音が遠ざかってしばらくすると、道を曲がったその先から叫び声が上がり、すぐに静かになった。 「三人。倒れたみたい」 リルがその耳で得た情報を報告する。 「そうですか。他に周囲に人は?」 「今のところいないね。あ、クリス達が来たよ」 そう言って道の反対を振り返るリルにつられて、久居もそちらを見る。 リルが大きく手を振り駆け出して行く後姿を見送りながら、久居はそっと手首の環を外した。 「クリスー!」 ニコニコ顔の少年にぶんぶんと手を振られて、少女は足を止める。 「リル!? えっ、嘘……、どうして……!?」 切羽詰まった顔の少女が、焦りの上から困惑を滲ませる。 「環は取り返したよ!」 笑顔で告げられて、少女は驚きに包まれた。 「本当!? っっありがとう!!」 クリスは全力で礼を言うと、やっとホッとしたように表情を緩めた。 そこへ久居が静かに近付く。 「お久しぶりです。どうぞ……と、その前に治しますね」 久居は彼女を早く安心させようと、その手に環を渡そうとした。 が、その両手は酷く傷付いていた。 久居は環をリルに預けて治癒を始める。 「あ、ありがとう……」 「少し変わった感触がしますが、そのままじっとしていてくださいね」 「はい……」 クリスは二年前の久居の治癒を覚えていたため、大人しく指示に従った。 その隙に、牛乳がピョンとリルの背からよじ登り、リルの帽子の上に乗る。 「牛乳もお久しぶりだねーっ」 クリスに牛乳と名付けられた真っ白い猫は、青い瞳をくりくりさせて、リルの目の前に尻尾をたらして遊びはじめる。 『また会いに来るなんて、お前、俺様のクリスに気があんのか!?』 とでも言うように、牛乳は尻尾でリルの顔にぺちんぺちんとちょっかいをかけている。 目の前に揺れる尻尾を迷惑そうにしながらも、リルが尋ねた。 「その怪我、さっきの人達にやられたの?」 「う、うん……」 クリスの答えに、リルは 「女の子にこんなことするなんて、酷い!」 とプンスカ怒り出す。 クリスは、今まで一人で気を張っていたところへ、何やら急に世話を焼かれて、どうにも居心地が悪そうな様子だ。 そこへレイが戻ってきた。 「こっちは片付いたぞー。あ、その子がリルの気にしてた子か?」 クリスがレイの姿にビクッと肩を揺らす。 「動かないでください」と久居がそっと注意するも、横目で確認したレイの姿に、久居も内心どうしたものかと眉を寄せる。 わざとなのか。それとも……。 牛乳が『気にしてたってどういう意味だ』とリルに頭上から睨みを利かせるも、当のリルはにっこり笑って「うんっ、ずっと会いたかったんだ!」と答えた。 レイはリルの言葉に(リル的には、恋とかじゃないんだな……)と思うも、その向こうで少女はじわじわと赤くなってゆく。 「牛乳も、会いたかったよーっ」 リルが牛乳を撫でようと頭上に手を伸ばす。 『来んなら来いやぁぁ、痛い目に遭わせてやるぜっっ』と牛乳が迎え撃つべく鋭い爪を構えた瞬間、久居が牛乳を鋭く目で射抜いた。 久居の殺気に貫かれ、大人しくなった牛乳を、リルが胸元に抱いて撫でる。 レイは、少女の前まで歩み出ると、姿勢を正して口を開いた。 「初めましてお嬢さん、私はレイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクスと申します」 優雅に一礼をして軽く膝を曲げたレイが、 (あ。翼仕舞ってなかった……) と、ようやく気付いた。 (どっ……どうする俺!? 今から消すか!? いやいや、今更だよな!?) レイが冷や汗まみれになっていると、クリスがおずおずと返事をした。 「は、初めまして、天使さん……? クリスティアナ・エル・フォンティです……」 レイの名につられてか、それとも前回より信頼があったからか、クリスが本名らしきものを口にすると、リルが驚いた。 「わー、クリスも名前ながーい」 「あ……ごめんね。リルにはちゃんと名前、伝えてなかったね」 クリスがあせあせとリルを振り返る。 十九歳になったクリスは、高い位置で括っていた金髪を、肩の下で緩やかに編んでいた。顔立ちも少し大人びて、今のリルとは人間の見た目で七つほどは離れて見える。 良くて姉弟、悪ければ保護者と子ども。と言う感じだろうか。 「ううん、気にしてないよ」 ニコッとリルが微笑み返す。 「リルは、……変わらないね」 どこか安心したようにクリスが笑うと、リルは 「クリスはお姉さんになったね。とっても綺麗になってて、ボクびっくりしちゃった!」 と答え、彼女をさらに赤くさせた。
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