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朝日と共に、レイは目を覚ました。
光の波長から、外に朝日が登っていることを確認すると、レイはギギィと軋む物置の戸を開けた。
リルと久居は居間のソファを借りていたが、レイは部屋に窓がないところを希望したため、結果的に狭い物置で座った姿勢のまま寝る事になった。
「いたた……寝違えたか?」
首をゆっくり左右に傾けながら、レイは何気なく窓の外を見た。
窓の外、裏庭となる場所には、三人ほど腰掛けられそうな大きさの岩があった。
そこに久居がポツンと座っている。
(久居……?)
ここからでは後ろ姿で表情は見えなかったが、俯いたままピクリともしない久居の様子がおかしい事だけは、レイにも分かった。
朝の久居は、いつも忙しなく動いている。
バタバタといった風ではないが、速やかに、確実に、むしろスマートに、全員の朝の支度をサポートしているのがいつもの久居だ。
それがあんなところで、ただボーッと座り込んでいるなんて、あり得なかった。
昨夜確かに、闇の力を近くで感じた。
が、まだ夜中だったのと、それきりだったので、久居が何か実験でもしたのだろうと思う事にして、覚醒しないよう努めた。
夜中に目が醒めてしまったら最後、物置で一人発狂する羽目になる。
けれど、そうではなかったらしい。
どうやら夜のうちに何かがあったのだと理解して、レイはすぐに外へ出た。
外は、朝露に濡れてしっとりと湿った空気を纏っていた。
涼しいというよりも、肌寒い。
朝日はまだ闇を払い切るには弱く、レイは漂う闇の残滓にぞくりと背を震わせた。
そういえば、前に久居が闇の力を暴走させた時も、こんな時間だったな。と思う。
しんと静まり返った朝の空気の中で、久居は微動だにせずそこに座っていた。
「……何か、あったのか?」
背中からかけられた声に、久居がぴくりと小さく反応する。
(珍しいな。こんな近くに来るまで、久居は俺に気付かなかったのか?)
その様子にレイが内心驚きを感じていると、久居がポツリと答えた。
「敵に、環を奪われました……」
「!?」
「……後を追いましたが、不覚を取り、逃げられました……」
「鬼だったのか?」
「いえ、黒い翼で、空を飛んでいました……」
そう言って、久居は懐から黒い羽を一枚取り出した。
黒い羽は、朝日を浴びると闇色がじわりと滲んで溶けるように薄れてゆき、見る間にレイと同じ真っ白な羽になった。
「これは……」
久居の驚きを含んだ声に、レイが大きく息を呑む。
レイは、たっぷり躊躇った後に、酷く苦しげに答えた。
「…………っ、……天使の、羽だ……」
「天使の……」
久居の声に、レイが拳を握り締める。
震えるほどに強く握り込まれて、骨が小さく軋んだ音を立てた。
「っ、闇に染まった……天使の、羽だ……っ」
どうやら、天使であることに誇りを持っているレイにとって、世界の平和を乱そうとする敵が天使であった事は、余程の衝撃だったようだ。
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昨夜、ずぶ濡れで帰って来た二人と一匹を見て、クリスは環を失った事を知った。
言葉少なに報告をする久居の声が、隠しきれず震えていて、それ以上の事を尋ねることは出来なかった。
ただひとつ、久居の腕の中で動かないリルが無事な事だけを、なんとか聞かせてもらうと、クリスは部屋に戻った。
結局あれから、眠れなかった。
環が無くなってしまえば、もう狙われる事も無いのだろう。
酷い喪失感と同時に、どこかで安心している、もう解放されたいと、ずっと願っていた自分が、確かにいた。
今までの苦労も、我慢も、全てが、環のためだった。
家族も、生まれた場所も、環のために失われた。
今さら環が無くなっても、それはもう、戻って来ない。
透き通るような朝の光は、カーテンの隙間から細い光の筋をいくつも作っている。
天使の梯子のようだと、そう思ってから、昨日見た真っ白な翼が脳裏を過った。
天使が……。
天使が、本当にいたのなら、なぜ……。
なぜもっと早く、助けに来てくれなかったのだろう。
こんなのは逆恨みだってわかっている。
けれど、どうしても、そう思う気持ちを止められなかった。
おばあちゃんは、あんなに天使を信じていたのに。
喪失感と、安堵と、行き場のない暗い感情は、胸の内をぐるぐると渦巻き、昨日走り続けて疲労を蓄えたクリスの体を休ませてくれなかった。
クリスは眠ることを諦めて、ベッドから上半身を起こすと、自分の足の間で丸くなって寝ている牛乳をそっと撫でた。
「ねえ、牛乳。私、何にもなくなっちゃったよ……」
口にしたら、つられてポロリと涙が零れた。
牛乳が、まだ眠そうではあったが頭を上げ、クリスの手を宥めるように舐める。
「にゃーん」と優しく答えた牛乳は『俺様がいるだろ』と励ますようだった。
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