ナポリン

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 態々自分の欠点を晒け出して笑う若い女たち。彼女らが生む子も遺伝で受け継ぐし、年をとると余計酷くなるらしいから、このままだと戦時中アメリカの漫画家たちが日本人を描いたカリカチュアのように将来、日本の女は老若問わずみんな出っ歯になるだろう。  女の子だからって食生活に於いても親が娘を甘やかすものなのか、幼少の頃から歯応えのある硬い物を与えず柔らかい物ばかり食べさせて来た所為で下顎が発達せず下の前歯が通常より奥に引っ込んでしまい、その分、上の前歯がより前に出た格好になるのだ。  80年代アイドルオタクのお陰であろう、そのことに気づいた拓実は、若い女を見ると、大抵、若い女の口元に違和感を覚えるようになった。口を噤む時、鼻の下が極端に言えばチンパンジーみたいに丸く膨らんで見え、みっともない感じになるし、自ずとアヒル口になるのである。  で、拓実は日本女性の将来を危ぶみ、警鐘を鳴らそうと、「親は娘の出っ歯傾向に注意せよ!」と題して大学の卒業論文を書いた。  そんな彼が社会人2年目で購入したホンダビートでビートオーナーズクラブが開催するイベントに参加した。  自身初めての経験であり、色んなビートオーナーと出会ったが、紅一点、一人の若い女が気になった。最初、拓実はどうせ誰か(ビートオーナー)の彼女なのだろうと推察し、彼女に近づこうとはしなかった。で、夜目遠目傘の内という諺通り遠目だからか、いい感じに見えてしょうがなかったが、或るビートオーナーによると、彼女はビートと可愛らしさを売りにナポリンという愛称で知られるスターユーチューバーだそうだから挨拶くらいしておいた方が良いよと言うのだ。  なるほど彼女はモテモテだ。男たちに群がられチヤホヤされている。況してビートオーナーの誇りと崇められ祭り上げられている存在と知っては関わらない訳にはいかなくなった拓実は、アグレッシブになり、果敢に彼女に近づいて行った。  すると、そこはそれ心得たもので流石はスターユーチューバー、如才なく拓実にも満面笑顔で挨拶を返した。  皓歯が日を浴びてキラキラ光り輝く。その上の前歯が妙に目に付くが、頗る好感を持った拓実は、強いて出っ歯だからじゃないと思おうとした。遂にはこの子に限ってそんな筈はないと決めつけるに至った。それは真正面で対したこともあろうが、巧みに彼女を自分のビートに試乗させることに成功した拓実は、道々喜ぶ余り顎を外さんばかりに笑いながら運転する彼女の横顔をちらっちらっと見る度に幻滅して行った。 「…楽しい!このビート君、めっちゃいい音する!どんなマフラー使ってるの?これ!」と訊かれた時、拓実は彼女の方を敢えて見ずにぶっきらぼうに答えた。 「買った時に元から付いてたんで分からない」 「そうなんだ、ナポリン、むっちゃ興味持ったから後で調べさせてもらうね」 「それは構わないよ」  言葉通り試乗させた後、マフラーをチェックさせる以外、彼女と関わらないようにした拓実は、彼女と別れてから不満げにブツブツと呟いた。 「何がナポリンだよ。出っ歯剥き出しで笑うなっつうの。そんな女を持て囃す方もクソだっつうの。付け上がるだけじゃねえか。あーあ、今や出っ歯が流行り顔になっちまったってか。ったく、どいつもこいつも節穴かよ…」
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