17人が本棚に入れています
本棚に追加
「できました! どうぞ」
ようやく智から呼ばれ、ハルが食卓につく。
テーブルにはカレーとサラダ。時間のわりにこれだけか? と思えなくもないラインナップだが、よくよく見れば、食べれば、その理由がわかる。
市販のルーを使わずに作ったカレーはバターの香りが良く、ヨーグルトとトマトの酸味で『辛いだけでないカレー』になっているし、ほろほろのチキンや程よい噛み応えを残した根菜類は、じっくり煮込んだからこその食感である。
「うんまっ!」
恐ろしいスピードで飲むように完食したハルはすぐさまお代わりを要求、智は嬉しそうに二杯目を提供した。
「よかったです。料理上手な人に振る舞うのは勇気が要りますね」
ハルの反応にほっとした智が、ようやく笑顔を見せた。
「いやほんまマジでうまいわ。何杯でもいけそう」
「ふふ。まだまだありますからね」
「えーちゃん、実は料理得意なん?」
「え、全然ですよ!」
「ほななんでこんな本格的なカレー作れるん」
「それは――」
遡ること一週間ほど。
たまたま通勤途中、会社近くで手渡された一枚のビラ。よく見ると料理教室のものだった。こういうものは女性が通うものなのだろう、とゴミ箱に入れようとしたが、捨てる前にもう一度よく見ると裏面には男性用コースも載っていた。
特に料理に関心があるわけではない。どちらかというと面倒、億劫、といった感情を持つ智だが、チラシの煽り文句に目を留めた。
『大切な人に手料理を振る舞ってみませんか』
『日頃の感謝の気持ちをあなた手作りのお料理で』
母の日が近いので、おそらくそこをターゲットにしていると思われる。だが智は違う意味のメッセージとして受け取った。幸い一度限りのレッスンだったし、価格も手頃だったため、思い立ったらなんとやら、その日の会社帰りに申し込みに行った。
そこで学んだのが、このカレーである。実習中は自宅に帰っても一人で作れるようにと、調理をしつつも必死でメモを取った。相変わらず丁寧すぎて手が遅く、同じグループの人には迷惑をかけてしまったけれど。
最初のコメントを投稿しよう!