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話を聴き終えたハルは、ますます智を愛おしく思った。
「そうやったんか。わざわざありがとうな」
顔をくしゃくしゃにして笑いそう礼を言うと、智も満たされたような笑顔を浮かべた。
「それにしても、毎日毎日こんな面倒なこと、してくれてたんですね」
「ん、んん、まあな」
「いつもありがとうございます」
「なんやもう、やめえな」
ハルははにかみながら照れくさそうに顔を背ける。
「俺はめんどくさいと思たことないし、好きでやってるからええねん」
「でも、」
「えーちゃんがうまそうに食うてくれるのが一番嬉しいから、な」
「……はい」
智が頷くと、ハルは安心したように再び食べることに専念した。
「今まで食ったカレーの中で一番美味いな」
ガツガツと食べながらも、そんなことをしみじみと言うので、智がいやいや、と否定する。
「そんなわけないでしょう、ハルさんのことだからいろんな高級店にも行ったことあるでしょうに」
「まあ高級店でカレーは食わんけどな。せやけど、ほんまやで」
「だってこんな、ド素人が初めて作ったようなものなのに」
「ひとつひとつ丁寧な仕事してるなあってわかるで。えーちゃんの性格がよう出てる。ほんでやっぱり」
そこで言葉を切ると、ハルは咳払いを一つ。そして改めて続けた。
「好きな人が俺のために作ったモンが一番美味いんやわ」
言った本人も言われた方も妙に照れて、互いに変な笑いを浮かべた。
ハルは三杯平らげ、満足したように膨れた腹をさすりながら席を立つ。
「お茶淹れるわな」
「ありがとうございます」
智はハルの淹れるほうじ茶が好きだ。ハルに出会うまではそこまで好きではなかったが、初めてハルの部屋を訪れたときに出されたほうじ茶の味は、思い出と相まってとても特別なものとして智の心に記憶されている。
ハルが焼いた濃紺色でごつごつとした手びねりの湯飲みに、透き通る赤褐色の液体が湯気を立てている。ふうふうと息を吹きかけながら、ちびちびと、ゆっくり、味わうのが至福の時間。
「はぁ……美味しい」
「ほんまにほうじ茶好きやねんなあ」
笑うハルを見て、そういうわけでもないんだけどな、と智は思う。会社ではほうじ茶より緑茶のティーバッグを選ぶことが多いし、コンビニで買うのはもっぱらコーヒーだ。ほうじ茶を飲むときは、つまり。
「正しくは、『ハルさんが淹れてくれたほうじ茶』が好きなんですよね」
両手で湯飲みを持ち、まだふうふうしながらそう答えた智は、隣に座るハルの目にとてつもなく可愛らしく映る。
「大事なんは、誰が作ったか・誰と食べるかやねんなあ」
ハルが智の肩をぐい、と抱き寄せ、白い歯を見せてニッと笑えば、智は一瞬驚き身を強ばらせたもののすぐにハルに身を預け、恥じらうような笑みを浮かべて頷いた。
【おわり】
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