-1- 月がこんなにも白いから

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-1- 月がこんなにも白いから

 その日の夜はとても明るく、月が、まるで太陽のように輝いていた。  手を伸ばせば届きそうなほど大きく。正円と言えるほどに丸く。誰もが手を合わせるほどに神秘的で……。  「私」もそんな月に見とれていたひとりだった。真っ暗なだだっ広い草原の中、ポツンとひとり佇んでいる。  はて? 私は何時からここに居たのだったか。  一瞬、そんなことを思ったものの思考は暗い草原の中へと消えていく。ただただボーっと眺めつづける私の耳に、ふと声が届く。 「お主、この変では見ない顔じゃな」  それは何時からそこにいたのだろう。  少し背の低い老婆が私の顔を覗き込んでいた。月の光に強く照らし出された顔のシワは深く、それこそ妖怪の類ではないかとすら思う。 「その容姿。……もしや、成り立てか?」  私は老婆に特に返答することなく、また月へと目を向ける。  今はアレだけを見ていたい。今の私は空っぽで、あそこには全てがあるのだ。得られるものは全て得ておかなければ。そんな思考が私を支配していた。  それでも老婆は諦めずに手招く。 「はぁ、ここで見つけてしまったのも何かの縁。来い。お主には色々と教えてやらねばならんようじゃ」 「……」  歩き出す老婆を視界の隅で捉えつつ、私はボーっと月を眺めつづける。 「だぁぁ!! ほら行くよ。こんなところじゃおちおち世間話などできんのじゃ!!」  見かねた老婆は声を荒げつつ、今度は私の手を引いていこうとする。けどそれは語気に反して非常に優しく、私を無理に引くことはなかった。 「頼むよ、動いておくれ。でないと面倒事が増えるんじゃ~」  ついには懇願し始めた老婆だったが、正直そんな事など知ったことではない。なぜなら、私はひとつの問題に直面していたのだから。  私は自分の足元を見下ろし、まだ理解の追いつかないまま右足をスッと前に出してみる。 「おお、やっと動く気に……何しとるんじゃ?」 「……」  老婆が困惑するのも無理はない。何せ唐突に地面にべしゃっと倒れ込んだのだ。  さて困った。この体の動かし方が分からない。正確には、「知識として知ってはいるが、実際に動かしたことがなく、複雑すぎて困惑している」そんな状態。  老婆は何か察したのか私に一つの質問を投げかける。 「まさか、『歩けない』などとは言うまいな?」 「……」 「あぁーー……」  私が倒れ込んだままコクリと頷くと、老婆は目元を覆って情けない声を上げた。実際、分からないのだから仕方ない。  狼狽(うろた)える老婆を他所に、私は私で使い方の分からない腕を必死に操って仰向けに転がる。相変わらず月は白く輝き、魅惑的な力を感じさせてくれる。  しかし、そこに何やら邪魔な影が映り込んだ。  
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