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なんだろうと思いながら見つめていると、それはだんだんと大きさを増していく。
「うげ、来おったか……」
老婆は苦々しく呟きながら空を見上げていたが、やがてそれは人型になったかと思うと私達から少し離れたところに降り立った。
ヒトに黒い翼を生やしたようなそれは、顔を含め全身を黒装束で覆っていた。まるで暗闇の中に生きる忍者……いや、大きなカラスとでも言わんばかりだ。
「夜分遅くに失礼します。おキツ殿」
大きなカラスは丁寧に挨拶をして腰を曲げる。声はちょっと渋い。
「う、うむ。よい夜じゃの。して、山の烏が何用じゃ?」
「分かるでしょう? それの調査です」
「それ」とは私のことだろうか? たぶんそうだろう。
私は邪魔者の居なくなった月を眺めつつ、好奇心から二人の会話に耳を傾ける。
「ふん。ならば問題無かろう。これはどう見ても地の者じゃ。分かったら今宵はもう帰るがよい」
「いえ、そうはいきません。何分、こちらも大天狗様からのご命令なもので」
「かぁーっ。そんなもん、どこぞの天狐が拾ってったと報告しておけぃ!!」
「いえいえ。ある程度はどんなものか知っておかねばなりませんので」
「はぁー、仕事バカめ」
「バカで結構」
二人の言い争いはそこで区切りがついたのか、おキツ? は少し離れ、今度はカラスが私に近付いてくる。
「変なことをするでないぞ。爆発でもされれば困る」
「勿論ですよ。それこそ私が困ります」
老婆の言葉に返すと、大きなカラスは「失礼します」と声を掛けつつ私の体にポンポンと触れていく。
あまり変な感じはしないが、何をしているのだろう?
「おーおー、役得じゃのう。うら若き乙女の体に触れられるとは」
「うるさいですよ、お婆さん」
「あぁん? 喧嘩売っとるのか?」
「言い出したのは貴女でしょう。それに、実際お婆さんじゃないですか。今の貴女」
「かぁーーっ」
「……ふむふむ。……?」
大きなカラスはちょうど私の額辺りに手を伸ばしてしばし沈黙する。
そして、スッと立ち上がったかと思えば、今度は何か光るものを取り出した。月の光を受け銀色に輝くそれは、細く鋭い刃であることが分かる……。
「今なら、簡単ですよね?」
「そうじゃろうな。とはいえ、やらせるわけがなかろう」
「……。……優しくお願いしますよ?」
瞬間、銀色の切っ先が振り下ろされる。正確過ぎる軌道は私の眉間を捉え、貫かんとすると同時にキン! という甲高い音を発して宙を舞う。
大きなカラスの居た場所には何もなく、ただ踏みしめられた草地だけがあった。
「まったく。本物の仕事馬鹿め。喧嘩の買い方などとうに忘れたわい」
見れば老婆の姿はなく、代わりに黄金色に輝く体毛の美しい巨大な狐の姿がそこに在った。「なるほど」と直感的に思った。
私もきっと「あれ」だったのだ、と。
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