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-2- 暗い竹林とボロ屋
「さて、ここが今日からお主の家じゃ」
あの大きなカラス襲来から一刻程。
私は黄金色の巨体に乗せられ、古びた家屋へと連れてこられた。そこは鬱蒼とした竹林の中にあり、月光も僅かにしか届かない。
道中それなりの会話……と言うよりはおキツからの一方的な語りを聞いたものの、彼女は自分のことを「おキツと呼ぶがよい」とだけ言い多くは語らず、大きなカラスについても「山の者」と呼びこれもまた多くは語らなかった。
「……」
気になることはたくさんあるがそれは一先ず置いておく。
そんな事より、竹林の間から僅かにしか月光が差し込まないことの方が私にとっては問題であり、「少し寂しい場所だな」なんて思っていた。
しかし、おキツはそんな私の思考とは裏腹に目の前の古びた家屋へと目を向ける。
「ふむ。考えとることはわかるぞ。こんなボロ屋で過ごすなど正気かと思っておるのじゃろう?」
「……(思ってない)」
「まぁ聞け。儂としてもこんなところに成ったばかりのお主を置くのは忍びない。よって、しばらくは儂もここに住もうと思うのじゃ。それというのもお主は――」
その後もおキツは何やら話していたが、話し声がちょうど子守歌のようで……。私はウトウトと船を漕ぎ出し黄金色の体毛に埋もれる。
あぁ、いけない。これは癖になる心地よさだ……。
「――と言う訳じゃ。さて、と。ここからはさすがに自分で歩いて貰うぞ。この姿じゃ中に入れないからねぇ」
そう言うと、全てを話し終えたらしいおキツは私を咥えて地面へと降ろす。私が立ちやすいよう足の方から降ろしてくれたものの、口が開くと同時に私は地面に転げ落ちた。
「なんじゃ? まだまともに立てんのか? ……はぁ、まぁこれも修行と思ってなんとか上がってくるがよい」
その後老婆の姿へと戻ったおキツはさっさとボロ屋の中へと入って行き、何やらカチャカチャと音を立て始める。
むぅ……。正直あのまま寝ていたかった。
そんな欲望はあったものの、私もこれ以上甘えるのは謎のプライドが許さない。なんとか両腕、両膝で四つん這いになると、ゆっくりと立ち上がる。
二足歩行……何とも不思議な感じだ。月を眺めていた時には感じなかったが、意外と視点も高い。
それに、あることは分かっていた少し長めな私の尻尾。これがバランスをとるのに丁度いい。
「……はぁ、はぁ……」
右脚、左脚、右脚、左脚……。
一歩一歩バランスを取りながらなんとか玄関の柱までたどり着くと、そこには少し面白いものを見るようなおキツの姿があった。
「面白いもんだねぇ。この年になってこんな大きな赤ちゃんを見るってのは」
「……むぅ」
私はおキツの言葉に少し頬を膨らます。こちらは必死に歩いているというのに観客気分とは。
まぁ、自分が逆の立場であったなら同じことをしそうだし、大きな赤ちゃんというのもあながち間違いでもないと理解はしている。だからそこまで怒るつもりはない。
「はっはっ。いや、すまん。ほれ、掴まるがよい」
そう言っておキツは手を差し出すが、私は拗ねた子供のようにプイッと顔を背け、意地を張ってボロ屋へと上がり込む。
「ほほぅ。悪くない子じゃな」
その後、おキツの作ってくれた野草多めの粥を食べ、座敷に敷かれた布団へと潜り込む。うん。おキツの狐の姿だった時の体毛には劣るが、このボロ屋からすれば十分なものだ。
私は自身の尻尾を抱き枕のように抱き締め、すぐに眠りの中へと落ちていくのだった。
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