口腔外科で親知らずの漬けできました

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口腔外科で親知らずの漬けできました

はじめて人を投げ飛ばしたくなったことがある。 親知らずが痛くて口腔外科に行った時だ。 町の歯科医でレントゲンを撮った時に、あご骨から斜めに生えているとかで、 市民病院の口腔外科にまわされた。 そこにはB'zのボーカル稲葉さんによく似たイケメンの口腔外科医がいた。 わざわざ抜くことないのに、やめてもいいんだよ、と言われても 「どうか抜いてください」 と頼んだのは私の方だった。 麻酔をかけて抜歯に入る。 はじめは道具をかえながら、何かこちょこちょとしていたけれど、いよいよ本格的に歯を抜き始める。 コヅチとノミのようなものを掴んで、私のあご骨をおさえて、小さな親知らずに向かって振り上げる。 ガツンガツン! 衝撃で頭蓋骨ごとバラバラ分解してしまいそうだ。 連続してあご骨に強烈な打撃が響き渡る。 ちょっと待って。 口腔外科って、なんかもっとスマートに医療という品位を持って手技を披露するものなんじゃないの? 今のあれだよね? 原始生活で石のオノ持ったギャートルズが、マンモス追いかけてるのと変わらないよ? なんて野蛮なの!? ガツンガツーン、とまた来た。 ちょっと、いくらイケメンでも、稲葉さんでも許さんよ! 口腔外科医は普通の体勢では対抗できないのがわかると、なんと私に馬乗りになった。 ガツンガツン! 「何だこれ、ぜんぜん割れない」 先生は別人格になって叩きだす。 右から叩いても左から叩いてもびくともしない親知らず。 先生が叩くたびにあご骨に鋭い衝撃が走って、あごが外れて飛んで行きそう。 先生も息を荒くして必死に叩く。 もうぜんぜんなんともならない。 ペンチでグリグリやったって、ダメ。 若い男性が必死に叩いたり、ペンチで掴んでみたりしてもダメだった。 途中から私は自分の中に、自己防衛本能が目覚めるのを感じた。 本当に先生の首根っこを掴んで、投げ飛ばしたい衝動を抑えるのに必死になる。 熊に襲われた老人が、ツキノワ熊を柔道技で投げ飛ばしたニュースがあったが、きっとこんな風に身を守ろうとした時に人間は超人的力が出るのだろう。 髪を振り乱してコヅチを振り上げるイケメン口腔外科医。 グリグリガンガンやっているうちに、少し歯肉からゆるんでくる歯の感覚があった。 「やったー、やったぞ!」 先生が雄叫びをあげた。 興奮して大声で周りに叫んでいる。 もう私は殺されるのかと思った。 ハアハアいいながら先生は、目をま開いて私に言った。 「すごい!こりゃ凄いぞ!足が3つある」 何が凄いのかさっぱりわからない。 「これぬくのに20分もかかっちゃった」 そんなに私のこと叩いていたのか! ムラムラと怒りが込み上げてきた。 自分から頼んでおいて。 先生は目をウルウルキラキラ輝かせて、ペンチで掴んだ三本足の親知らずを眺めていた。 「普通ね、歯は足が2本なんだよ。それがね、三本あるんだ!凄い凄い」 もう先生は興奮し過ぎて、誰だかわからない。 「これは凄いことなんだ!はじめてだよ、こんなの見たの。」 そうかもしれんが、こっちは出産でもした後のようにフラフラなんだよ。 構わず先生は言った。 「いや〜、凄い。これはホルマリン漬けにして、学会で発表させてもらえないかな?」 「え?」 「珍しいから学会で発表するんだよ、この親知らずを貰えないかな?」 こちらとしては、そんなものでよければ、という感じだ。 「20分もかかっちゃった」 まだ言ってる。 先生は私の親知らずなどぜんぜん抜きたがっていなかったのに、 今は単なる山からダイヤを掘り出したみたいに喜んでいる。 私は邪魔な親知らずを先生に寄付して帰ってきた。 そして家に着くころには叩き過ぎた顔が、こぶ取り爺さんのように腫れ上がっている。 マスクをしていてもほっぺたがはみ出すほどだ。 見たこともないサイズの頬の古墳がせり上がっている。 痛み止めなど一切効かない。 しかも帰宅してから夜ご飯に味噌汁を飲んだ。 愚かだ。 塩分がさらなる激痛を呼ぶ。 ナチスが拷問に抜歯をしていたと聞く。 拷問級の痛みで夜も眠れない。 次の日も頬の腫れがひかないし、マスクをしても頬がはみ出す。 ホルマリン漬けになった私の三本足の親知らずは、きっと学会で発表されただろうけど、そんなに珍しいことでもないと思う。 たぶん今頃廃棄処分になっているに違いない。
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