その男、梶谷藍人

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その男、梶谷藍人

 梶谷藍人をどう思うか?  藍人を知る人間なら誰だってこう言うだろう。 『彼は完璧だ』と。  俺は藍人と高校時代から一緒にバンドをやっていたけれど、文武両道を地で行くような奴だった。おまけに人望も厚い。母親の血が半分影響しているんだろう、男にしては綺麗な顔立ちをしていた。そして誰もが奴を愛したそのカリスマ性。  藍人の事を嫌いな人間なんて居なかったはずだ。少なくとも俺の見える範囲では。  女にもとてもモテた。男女関わらず誰にも優しかったからな。男からもその人間性は好かれていた。  ただ少し……愛されてはいたけれど、人を愛す事に関してはとても不器用だったと思う。そこがまた、完璧である藍人の人間らしいところなんだと俺は思っていたな。  カノンが産まれてから藍人は変わったよ。藍人は心からカノンを愛していた。あいつが一番大好きな音楽以上の愛をカノンに注いでいた。人を愛する事が出来て、藍人は更に完璧に近付いていったのだと思う。  俺の知る限り、藍人は極度のヘビースモーカーだった。そのあいつがある時を境に煙草を断ち切った。何故だか分かるか?  カノンの為だ。以前藍人の煙草の不始末でカノンが目の真横に怪我をした事があった。あの時ばかりは藍人も取り乱し、火傷を負って泣きじゃくっているカノンを抱いたまま俺の家 に来たな。すぐに冷やして病院に連れて行かせたけれど。  幸いカノンの顔に火傷は残らなかったが、あの日以来藍人はきっぱりと煙草とは縁を切ったな。  不器用な男が、慣れない手つきで娘を愛している様子は俺から見たら微笑ましい光景だった。  藍人の夫人の事か?それは言う事が出来ない。  藍人がその事実を墓まで持って行ったように、俺もそれについては墓まで持って行かなければならない。  藍人が夫人と出会ってからの経緯も、勿論知ってはいるが話す訳にはいかない。彼女については何も話す事は出来ない。 …久々に、少し話し過ぎたようだな。忘れてくれ。
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