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第十一話
「つーかーさぁ!悪かったって、いい加減機嫌直してや!」
「知るか、黙れ。」
秋葉原から六町に下り立つと、つかさは要のこと等気にも留めない様子で自宅への道を歩いていた。
身長差があるという事はそれだけ歩幅にも違いが出るという事で、つかさとしては決してそんな気はなかったのだが、つかさを追う要の足音は小走りで、近付くたびに小さな粗い息遣いが聞こえる。
「な、なあっ…つかさ早いって…」
「足の長さの違いだろ」
意図したことでなくてもどことなく要に対してきつい物言いになってしまう。その理由をつかさ自身もよくは分かっていなかった。
中学を卒業してから音信不通になっていたとはいえ、今では毎日のように顔を合わせているし、寧ろ一緒に行動しない方が最近は珍しいのだ。
それなのに今になって何故要にこのような当たり方をしてしまうのか、自問自答しても答えは得られなかった。
自宅近くのマンションまで来た時、つかさの足がはたと止まった。
つかさ達のマンションは一階に花屋のテナントが入っており、若い男性が一人で切り盛りをしている。
店主の気さくさもあるからか、休日等は不定期なのだが、営業をしている日には付近に住む女子中高生のみならず、主婦らも花を買いに訪れている。
今日は営業日だったようだが、もう閉店時刻となり、店主は一人で後片付けをしていた。
勿論、同じマンションに暮らす人間として、つかさと要もその店主とは顔なじみだった。
「志村さん」
つかさは店じまいをしている店主の背後に声をかけた。
大きめの花瓶を店内に移動した後、店主はゆっくりとつかさを振り返る。
肩に付く程度に長く、明るめの髪が揺れる。
身長はつかさよりは幾分か高い方なのだが、この男もまた、男にしておくのが惜しいほど綺麗な顔立ちをしているのだった。
綺麗な顔といえば要も相当なものであるが、要とこの男、志村とでは系統が違う。
どちらかといえば要は目と眉が近く、少しハーフのようで男としても女としても美形としてまかり通る顔立ちだ。
対する志村は男というよりは女性のようにかわいらしいという表現がぴったり合う。
身長や肩幅、腕等を見ればそれは確かに男なのだが、髪型しかり優しめの口調や顔のひとつひとつのパーツを取っても、やはり男よりは女に近い顔立ちをしているのだった。
勿論志村本人は男なのだから、可愛いと言われて素直に喜べるわけがない。
しかしそれでも悪気が合って言われているわけでもないので、容姿について言われたことで特に激昂する事はない。
「あ、お帰り~つかささん、要くん。」
声質は確実に男なのだが、そのおっとりとした口調に癒されるという人がいるのも確かだった。
「志村さん、今日はもう終わりスか?」
「そうなんだ。今日も花がよく売れてね。この子達も喜んでるよ。」
ようやくつかさに追い付いた要が顔を覗かせると、志村は移動させる花束を両手に抱えながらにこりと微笑んだ。
男でこれだけ花と笑顔が似合うのもつかさの知る範囲では志村のみだった。
「あぁそうだ。さっき時留さんが来ててね、今日は遅くなるから二人は先に寝てて良いって言ってたよ」
「わざわざすいません、有り難うございます。」
「いいんだよ、後これはつかささんにプレゼント。」
そう言って志村がつかさに手渡したのは、ミニブーケにされた小さな青い花だった。
「えっと…これは?」
「志村さん男に花やる趣味あるんスか?」
茶化すように要が首を突っ込むと、つかさの冷たい視線が向けられ、要はすごすごと引き下がるしか無かった。
「俺、花は詳しくないんですけど、これは…薔薇ですか?」
花の形はよく目にする薔薇と同じなのだが、これに限っては花の色が綺麗な青色をしていた。
つかさの認識ではこの世に青い薔薇等は存在しないはずだった。
「つかささん何か体調悪そうだったからね。ちゃんと寝てご飯食べてる?無理しちゃ駄目だからね?」
志村に限っては何故かつかさの事を『つかささん』と呼ぶ。しかしつかさと同い年の要のことは『要くん』なのだ。
年齢的には志村の方が二人より年上なのだが、見た目では志村がつかさの事を自分より年上に思ってしまっていても仕方がない。
「あぁ…大丈夫ですよ、結構なんとかなってたりするんで。」
「そう?無理だけはしちゃ駄目だからね?」
念を押されるように言われると、つかさは肩を竦めて苦笑を浮かべるしか無かった。
「なあっ、志村さん俺のはないんスか?」
「ごめんねぇ、要くん。今ので最後なんだ。」
販売用とはわざわざ別にとっておいた青い薔薇も、今つかさに渡したもので最後だった。
別段花を貰って喜ぶような要ではないが、つかさだけ貰って自分が貰えなかったという事が悔しくて仕方が無かったのだろう。
何かを言いたそうに服の裾を引っ張る要に呆れたつかさは、志村から貰ったブーケから一本だけ花を取るとそれを要に渡した。
「一本だけだからな。」
「おおきに!ありがとう!」
要の心底嬉しそうな笑顔を見て、心なしか安堵したつかさだった。
「本当に有り難うございます志村さん。大切にしますね。」
「どういたしまして。つかささんもあんまり無理しちゃ駄目だからね。」
「分かりました、肝に命じておきます。」
一本だけとはいえ、自分も貰えた青い薔薇に上機嫌になっている要の首根を掴んでつかさは部屋へと向かった。
二人の姿が完全に見えなくなるまで志村は見送る背中に手を振る。
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