第十三話

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第十三話

秋葉原から総武線で数十分。つかさにとって新宿は近いという印象しか無かった。 しかしいくら交通の弁が良いと言っても秋葉原とはまた別の意味でつかさは新宿も嫌いだった。 アサミの勤め先は歌舞伎町にある。 風紀的な面でも歌舞伎町は好きになれず、その為友人の職場であろうとも滅多に足を踏み入れない場である。 眠らない街、という表現が確かにピッタリで、夜ともなればまたそれなりに夜の新宿に似合う人間達が集う場所である。 つかさの記憶力と方向感覚だけは抜群で、例えそれが一度しか来たことの無い場所であっても忘れることがないのだ。 しかしその記憶力が仇になる事もある。 「あれっ…?」 新宿二丁目の一画でつかさは足を止める。 つかさが好んでラブホテル街を歩いていた訳ではない。アサミの店に向かうためには仕方の無い通り道だったのだ。 たなびいたツインテールに厚底靴。 何より背負っていた悪魔の羽付き鞄に見覚えがあった。 何故その人が新宿二丁目にいたのだろうか。 おまけにその人物はすぐにつかさの視界から消えていった。 傍らにいた相手とラブホテルに入っていったからだった。 「あっ、と…すいません…」 一方向しか見ていなかったつかさの肩に突然誰かがぶつかった。 つかさも周りを見ていなかったと言えばそうなのだが、恐らくその相手も周りは見ていなかったのだろう。 「あ、いえこちらこそ…」 振り返って謝罪しようとしたつかさは、相手の顔を見て思い止まった。 どこかで見たことがある。しかし、それがどこであったかは思い出せない。 「え、と…」 「つかさっ。」 思い悩むつかさは突然名前を呼ばれ、視線をそちらへと向ける。 渡りに船、とそこにはつかさを迎えに出て来たアサミの姿があった。 「アサミ、」 「悪り、迷ったか?」 「いや、そういう訳じゃないけど…」 「アサミ…つかさ…?」 つかさにぶつかった男が、ふいに今聞こえた二人の名前を反復し顔を上げた。 どうやらそのまま立ち去らなかったらしい。 「あーっ!アサミ先輩っ!それにつかさ先輩じゃないですかっ!!」 「え…?」 「あれ…牧村…?」 アサミの言葉に、つかさも相手の顔を見る。 確かにどこかで見た顔のはずだった。 その男の名前は牧村公平といい、つかさとアサミの高校時代の後輩である。 しかしつかさが記憶していたのはあくまでも高校時代までの牧村で、すぐにつかさが気付けなかった理由は牧村の変貌にあった。 高校時代までは単純に純朴な好青年としての印象しかなかった牧村であったが、さっぱりとしていた髪は肩の辺りまで伸び、服装もノースリーブのパーカーというユニセックスなものだったので、声を聞かなければ一見として女の様にも見える。 「先輩達昔と全然違ってたんで俺一瞬分からなかったですよ!」 いつでもテンションが高めで、それでいて目上の者に対する礼儀正しい態度はつかさも在学当時から気に入っていた。 「いや、牧村くんも相当変わってるから。俺もすぐに分からなかったし。」 「ちょうどいいや、牧村お前今暇?」 「暇…ですよ。」 「じゃ、お前も来いよ。」 余計な事は一切詮索せず、アサミは手招きをしながらすぐ側の地下への階段を下りていく。 その地下こそがアサミの勤め先、ホストクラブ『FORBIDDEN ROZEN』だったのだ。 「あ、つかさ先輩~!!」 「お久しぶりですぅ~」 店内に案内されたつかさは待ち構えていた相手を見て更に面食らった。 二人の女性は綾瀬美佳と斉木真琴といい、共にアサミの後輩でありつかさとも顔なじみだった。 アサミがメールで言っていた懐かしい相手とはこの二人の事だったのだ。 左手の薬指に指輪をしているスレンダーな方が斉木真琴で、その隣の少し小柄の女性が綾瀬美佳である。 「あれっ、牧村?」 真琴はつかさの背後から現れた同級生の顔を見て、予期せぬ登場に首を傾げた。 「今そこで牧村もいたから連れてきちゃったよ」 「牧村も久しぶりだねぇ」 「あぁ綾瀬さんと斉木さん。お二人は全然お変わりなく…」 牧村と美佳・真琴は同級生であるにも関わらず、牧村は二人に対して敬語を使う。その丁寧な対応からしても、牧村は在学時代から女生徒からの友達としての評価は高かった。 「おい、ちょっと待てよアサミ…」 真琴の隣に腰を下ろした牧村を見ると、つかさは背後にいたアサミの胸倉を掴んで僅かながら後ろへと下がる。 「まさかお前、飲ませてんの?あの子らに」 「何を?」 「酒だよ、酒。」 「まさか。」 自分達より一学年下の彼女らはまだ未成年であるはずだ。 未成年にもし酒を飲ませているとしたら店自体の責任問題にもなる。 しかし当のアサミ本人はへらへらと笑いながら「ジュースだよ」とつかさに言う。 そんなところで嘘を吐くようなアサミではないので、つかさはアサミの言葉を信用することにした。 最近は特に未成年に対する飲酒・喫煙の規制が厳しくなっているのも事実だった。 「で、お前はどう?」 「何が」 「酒、少しは飲めるようになったか?」 「あぁまあ…それなり。」 「先パぁ~イ、何話してるんですかぁ?こっちこっち!」 美佳の声に振り返ったつかさは、アサミの襟を掴んで席へと戻る。 高校を卒業してから、美佳達に会ったのは一度くらいだった。牧村に至っては卒業以来一度も会ってはいなかった。 「それじゃ、面子も揃ったところで改めて乾杯しよっか。」 各人は運ばれて来たグラスを手にしていた。
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