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第十五話
勿論バイトをしていた頃はつかさはまだ高校生であったのでアルコール類は一切ノータッチである事を徹底していた。
店舗移転前からの従業員であるアサミやレンを含める数人は古株でもありそれなりの指名客もいるトップでもあったので扱いはそれなりに別格である。
だからこそ今日の様に私的なパーティーに対する席の貸出もある程度は大目に見られるのだった。
「アサミ、使い物になりそうにない?」
レンが指差した先にいるのは既に泥酔して真琴の膝枕に横になっているアサミの姿だった。
つかさですらここまで泥酔したアサミを見るのは数少ないほどだった。
「あー…無理だと思いますよ、多分。何かあったんですか?」
レンは他の客に悟られないようにつかさに近付き、小さな声で耳打ちをした。
「いやね、アサミの指名客なんだけど最近来てなかったんだけど今日に限って来ちゃったんだよ。」
「あの人アサミが凄いお気に入りでさ、あいつはいつも上手くやってくれてるんだけど若い子はちょっとね…」
年齢的な若さでいうのならアサミより年下はそういないだろう。
しかし年期でいうのならホスト歴4年を越えるアサミの勝てるものといったらレン辺りしかいない。
「こいつは酔い冷めるのも早いですけど…それまで俺が代わりましょうか?」
「えっ、いいの?つかさ辞めてからどれ位だっけ?」
「1年半…くらいですかね。いいですよ、必要なもの貸してもらえれば。」
幸い普段着と言えるつかさの服装は黒のジャケットに灰色のワイシャツだった。
襟元を整えながら立ち上がると、レンはカウンターにいた若い青年を呼んでいた。
「ホント悪い。感謝するよ。彼は三好くん、必要なものは彼に頼んでくれるかな」
レンがそう言うと、三好はつかさに向かって頭を下げた。
「いいんですよ、場所を借りてるお礼もあるし。ただ俺じゃあんまり持たないと思うんでその間にアサミ起こしといて下さいね。」
いつになくつかさの口数が増えてきたのはホスト時代の感覚が戻って来たからだった。
「じゃ、つかささんこちらに…」
「あれっ、先輩どこ行くんですか~?」
面白がりながらアサミの髪を弄っていた美佳がつかさの動向に気付いて声を上げる。
牧村に至っては時間の問題なのか既にテーブルに突っ伏して眠っている。
「ん、ちょっと。悪いけどそこのどあほう起こしといてくれる?」
静かな寝息を立てつつも眠るアサミを視線で示しながら、つかさはレンの後を追って控室へと向かう。
「ライター貸して。レンさんのでいいから。」
「はい。……あの、つかささん、」
「何か?」
鏡の前で適当に髪をセットしながら、つかさは三好の言葉に返す。
三好は高校生くらいで、短髪のスポーツマンらしい好青年だった。
まだ慣れていないギャルソンの蝶ネクタイが初々しく見える。
「レンさんやアサミさんからつかささんの事色々聞いてました!お会い出来て嬉しいっス!」
「そう。」
三好の沸き上がる思いを打ち砕くようなつかさの冷たい台詞。
一体アサミやレンに何を言われたというのだろう。ただ自分は池袋時代のこの店にいただけで、会うのを待ち望まれるような所業を行ったことは一切無かった。
「で、ライター。」
「あ、はい。これです。」
「ありがとう。」
三好からライターを受け取ると、それをジャケットの内ポケットに仕舞い、そうそうに控室を後にしようとした。
「あのっ…つかささん!」
ドアノブに手をかけた瞬間、三好の呼び声がつかさを止める。
「なんで…辞めちまったんですか…?」
「辞めろって言われたからだよ。」
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