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第十九話
平日の夕方という事もあるのか、人の行き来は少なくいかにも病院らしい静寂が二人の間にあった。
「笠井氏はカプセルによる毒物…とまでは分かったんですけどね。」
「カプセル…」
「はい、薬とかを飲むやつです。胃の中から溶け残りが見つかりまして、そこから計算をするとおよそ1~2時間程前に飲んだという事になるんですが…」
「好き好んでカプセルの毒を飲む人なんていませんよね。自殺ならまだしも。」
「その通りです。」
よく見てみると、藤堂の来ているスーツやネクタイは先日つかさが見たのと同じものだった。
「笠井がホストという事で、客関係の恨みとかそういうものは?」
「それも、まだ調べているところです。」
もしかしてまだ藤堂は七恵や陽子の事を知らないのだろうか。だとしたら警察の捜査は民間人よりも遅いということになる。
それともこれが『餅は餅屋』ということなのだろうか。
しかし、そんなことがある訳もなかったのだ。
つかさがそれを確信した理由は、今ここに藤堂がいるという事実だった。
未だに犯人の目星もつかない事件を追っているのならば、何故アサミの事件を藤堂はつかさに告げたのか。
単なる管轄内という言葉だけでは収められそうにない事実。
その事実はつかさに笠井の事件とアサミの事件が同一犯の仕業であると確信付けるのには充分過ぎるほどであった。
『秋葉原』と『ホスト』。
立て続けに起こったこの事件が偶然のはずもない。
「血塗れウサギの件はどうなりました?」
「そちらについては依然調査中です…中々彼女が捕まらなくて。」
藤堂の声には覇気が無かった。
「…藤堂さんは、笠井の事件とアサミの件が血塗れウサギの仕業だと考えてるんですか?」
「分かりません…」
その気はなくとも徐々に小さくなっていく藤堂の声を聞いているとなんだかつかさが藤堂を虐めている気分になる。
「…アサミは、助かったとしても犯人の名前は言わないですよ。多分ですけど。」
「名前を知らないから…ですか?」
「そうじゃなくて…」
「つかさくんっ…!!」
ぱたぱたとスリッパの音が鳴り響き、顔を上げて視線を向けると琴音が二人に向かって走って来ていた。
「つかさくんっ…アサミ、アサミがっ…」
琴音は息を切らせながらその言葉を告げる。
琴音の言葉で何かを察したつかさは咄嗟に立ち上がり、琴音の方へと向かっていた。
「あっ、つかささんっ…」
藤堂も少し遅れてつかさの後を追う。
三人が向かった先は、アサミの名前がネームプレートに記された病室。
中には既にアサミの母親と兄と思わしき人物がいた。
アサミの母親はつかさが入ってきたことに気付くと軽く頭を下げる。
それに倣いつかさも頭を下げた。
「……つかさ…」
ベッドに横たわったままのアサミがゆっくりと口を開く。
つかさはアサミの枕元に近寄り、伸ばされた手を取る。
アサミが言わずとも、つかさにはアサミが言いたいことが分かっていた。
「…分かってるよ、アサミ…」
「…お前にしか頼めない」
「うん…」
力無く握り返された手につかさはそっと目を閉じる。
いつだってそうだ。
犯人が分かっても何も解決はしない。
「アサミぃ…」
つかさの前に琴音が割り込むと、つかさは握っていたアサミの手を琴音の頭に回させる。
琴音を見て、アサミは僅かに微笑んだ。
つかさは音も立てずに病室を後にする。
「つかささんっ…!」
病室を出たつかさに、藤堂が背後から声をかける。
つかさは足を止め、ゆっくりと息を吐いてから藤堂を振り返る。
「…何か?」
「帰っちゃうんですか…?」
「勿論。事件は解決していますから。」
つかさには確証があった。
アサミの言葉がそれを後押ししたからだった。
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