第二十話

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第二十話

「お帰りつかさー…って、つかさ?」 帰宅したつかさを出迎えたのは夕飯の支度をしている要だった。 クマのプリントのついた水色のエプロンに料理用のお玉杓子を持って、玄関の音にキッチンから顔を覗かせる。 気が付けば二人は丸一日顔を合わせていなかった事になる。 視線を落としたままのつかさはゆっくりとした動作で靴を脱ぐ。 「つかさ…?」 帰宅してから一度も言葉を発しないつかさを不審に思い、要はエプロンで手を拭きながらつかさに近付く。 「つかさ、飯出来てんで…?」 俯いたままつかさの肩にぽんと手を置くと、ぐらりとつかさの体が揺れ、倒れかかるつかさの体を要は受け止める。 脱力し割りにはつかさの体は思っていたよりも軽く、しかしそれでもあまりにも突然の出来事に支え切れなかった要はつかさと共にその場に倒れ込んだ。 下敷きになったつかさの体から要は這い出し、つかさの顔を覗き込む。 眉根を寄せている苦しそうな表情ではあったが、どうやらつかさは眠っているようだった。 具合が悪いわけではないと分かると、要は安心したように息を吐き、そっとつかさの髪を撫でる。 触れられてもつかさはまったく反応を示さず、寝息すら立てないので死んでいるのではないかと疑ってしまいそうだった。 しかし倒れたつかさを要一人で運べるわけもなく、ただ黙って要がつかさの寝顔を見ていると、突然玄関の扉が開いた。 予告無しに帰って来たのは吾郎以外に他ならず、玄関を入ってすぐの場所で倒れているつかさと、その場にしゃがみ込んでいる要へと順に視線を送る。 「何やってんだ?要。」 「あ、お、お帰りなさい所長。ちょ、つかさが倒れてもうて…」 「貧血?」 問いながら吾郎は靴を脱いで倒れているつかさへと近付く。 「多分…寝てるだけやと思いますけど…」 心配そうに覗き込む要を横目に、吾郎はつかさの額に手を当て、顔色を見る。 昨日会った時は真夜中であった上に車内という暗い中だったので顔色までは留意していなかったが、明かりの下でこうして改めて見てみると、僅かながら顔色が悪い。 「取り敢えず、部屋で寝かすか。要、つかさの荷物持って扉開けてくれ。」 「あ、はい。」 倒れ込むと同時に手放した鞄を拾うと、要は慌ててつかさの部屋の扉を開けて電気を付ける。 吾郎はつかさを両手で抱え上げると、要の開けた扉からつかさの部屋へと入る。 つかさだけではなく、要も吾郎もお互いの部屋に無断で入ることはしていなかったので、兄の吾郎であってもつかさの部屋に入るのは久し振りとなる。 つかさが吾郎の家に来てからもう一年が経とうとしているが、一年前と同じく何もない部屋であった。 「つかさの部屋って…本当に何も無いっスよね。」 改めてつかさの部屋を見渡した要が言う。 あるとしたらベッド、パソコンデスク、本棚の3つくらいのものだ。 「ん~、何も持ってこなかったみたいだからねぇ、実家から。あれなんかは後から送らせたものだし。」 つかさをベッドに寝かせた吾郎が指差したのは部屋の隅に置かれた多少古めなMDラジカセだった。 服装からして黒を好むつかさにしては珍しく、そのラジカセは水色だった。 「所長、あれは…?」 「取り敢えず、出ようか。」 吾郎の促しによって要はつかさの部屋を出る。 扉を閉める寸前につかさへと視線を送っても、つかさはぴくりとも動かないままだった。 要がまともに作れる食事といったらカレーくらいのもので、要はキッチンに戻ると吾郎用の皿にライスとカレーを盛る。 食事当番はつかさと要が順番で担っていた。 「…要、最近つー君がちゃんと物食べてるの確認したか?」 「えっと…」 吾郎の唐突な問いかけに、要は右斜め上を向いてつかさと行動を共にした事を思い出す。 「日曜にマクドでコーヒー飲んどって、月曜に…コーヒー飲んで煙草吸ってたんは見ましたけど」 「後は?」 「月曜の夜は気付いたからつかさおらんかったし、今朝もいつ出ていったのかも知りませんでしたし…」 住人全員が喫煙者であるこの家では常に部屋のどこかしらに灰皿が置かれている。 吾郎は食事の合間に煙草に火を付け、深い溜息を吐く。 「…要は丸三日食べるのを確認していないって事か。おまけにこの暑さだしな…」 「で、でも学校行った時とか、見てないところで食べてるかもしれませんやんっ…!」 「要、つー君はね誰かが強制しないと物を食べないんだよ。メンドくさいんだって。」 確かに、要がつかさと再会してからもう1年は過ぎたものであるが、一度足りともつかさから食事に誘われた試しは無い。 先日ふいに「マクドナルドに行きたい」と言い出したことはあったが、それは食事では無く水分補給が目的だったのだから。 「…アホですね、こいつ。」 吾郎がつかさの肉親だと分かっていても、要にはその言葉しか出なかった。 「おまけに事件が起こってからあんまり寝てもいないだろ。」 「えっ、ほんまですか…!?」 「要は良く寝てたみたいだけどな。」 嫌味な言い方をして要に視線を向けると、要はどこと無く恐縮したような様子で小さくなっていた。 「俺…そんなの全然知りませんでしたわ。あいつが食ってないのも、寝てないのも…」 確かにブランクはあったにせよ、この一年はほぼ毎日のように顔を合わせていた。 つかさは中々自分の本心を見せはしないが、それでも他の人よりはつかさの事を分かっているつもりだと思っていた。 「まあ、自分の事で手一杯の人間に人の世話なんて見れる訳ないけどな。」 「ッ…!どういう意味ですかそれっ!?」 思いも掛けない吾郎の言葉に要は激昂した。 理由を問い質そうとテーブルに拳を叩き付けたのとほぼ同時に訪問者を知らせるチャイムの音が鳴り響いた。 「こんな時間に誰かな。」「あ、お、俺出ますよって!」 テーブルに手を付きながら立ち上がろうとした吾郎を見て、要は玄関へと駆け出した。 ドアスコープを覗くとそこには要の知らない男がいた すらりとした長身で、少しだけくたびれたスーツを身に纏っている。 顔はどちらかといえば優男風だった。 「…所長。誰か、来た。」 「誰?」 「俺は知らん人です。」 チャイムを鳴らしたのにも関わらず、一向に応答が無かったので、痺れを切らしたその男は扉をノックした。 「すいませーん…時留さーん、藤堂ですー…」
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