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第二十四話
「それでは、牧村公平を署まで連行します。御協力ありがとうございました。」
そう言って、藤堂は吾郎に敬礼する。
病室の中には、再びベッドに腰を下ろすアサミと、その傍らに寄り添うように琴音の姿があった。
陽子は雨に打たれ発熱があったため、空き病室で点滴を受けている。
病院からの連絡を受け、吾郎と要が到着したときには全てが終っていた。
恋人である西寺友紀を利用し、ホストの笠井篤郎を毒殺し、加えてアサミを川の中へと突き飛ばした犯人である牧村公平は警察の尋問に素直に応じ、藤堂によって万世橋警察署へと連行された。
実際、要が到着した時つかさはその場にいなかった。
雷に呼び寄せられた豪雨の中、たった一人で傘もささずに屋上にいたのだった。
事件は解決し、友人を川に突き落とした犯人も捕まった。
それなのに両手放しで喜べないのは、その相手が自分達の後輩であったからだ。
出来れば、陽子のみならずアサミにすら知られたくない事実であった。
しかし皮肉にもその事実にアサミが気付いたのは、牧村と同様に父親がいない家庭に育っていたからだった。
『母親を守りたい』という気持ちはつかさに分からなくもない。
そう思えてしまうからこそ、いつか自分も母親の為を思えばこそ誰かを手に掛ける事もあるのではないか。
大切なものを守るためならば他の何を捨てても構わない。
その感情をつかさは知っていた。
牧村だけが特殊な訳ではない。
「つかさっ…!」
つかさを現実に引き戻したのは要の呼び声だった。
その声に振り返ると、幾らか不機嫌な様子の要がつかさに駆け寄り、手を引いくとすぐに屋内へと連れ込まれた。
要は何も言わなかった。
ただそれはつかさの状況を把握してという理由からではない。
事件は幕を閉じた。
つかさもまた、その直後から専門学校の学期末試験が始まり、休む間もなく学業に勤しむ日々に追われていた。
「つかさ。」
呼び掛けられた声に振り返ると、片手に収まる程度の小さなブーケを持ったアサミがつかさに向かって手を振っていた。
「アサミ。」
敢えて行く先を告げずとも、二人は同じ方向へと向かっていた。
西寺友紀が自ら死を選んだビルの屋上へと。
アサミの用意したブーケをコンクリートの上に置き、二人は黙って手を合わせる。
つかさからすれば見たことの無い、しかし今回の被害者の一人でもあり高校の後輩でもある女性の為に。
「…痛かっただろうな。」
ぽつりとアサミがそう言った。
「そうだな。」
踵を返しつつ、つかさが言う。
「なあ、俺の仕事最低だと思うか?」
「かなりな。」
悩みもせず、つかさの返事は即答だった。
「陽子さんは、あれから?」
下降するエレベーターの中、階表示を眺めながらつかさが尋ねる。
「ん…ホスト通いはやめたらしい。」
「…そっか。」
エレベーターから降り、再び秋葉原駅の喧騒が耳に入る。
この事件が始まった時と同じ快晴の青空だった。
「じゃ、俺はこれから仕事だから。」
「レンさんによろしくな。」
「おうよ。」
振り返りもせず、アサミは都営新宿線の駅へと歩いていく。
新宿ならまだしも、秋葉原にホストがいる状況というのは異様な光景である。
アサミの姿を見送ると、自らも帰路に付こうと、つかさはつくばエクスプレスの駅へと足を向ける。
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