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第三話
「なっ…!!」
白いアスファルトが夥しい血液によって赤く染まる。
上から見ていたつかさ達ならばまだしも、不運にもその男と同じくバスターミナル周辺を歩いていた通行人は突然の出来事に悲鳴を上げることしか出来なかった。
思わず目を見張ってしまった要がふと気が付くと、つかさはコーヒーの紙コップをごみ箱へと投げ捨て、階段を駆け降りていた。
呼び止めたところで戻るわけが無いと分かっていた要は軽く息を吐いて取り出した携帯電話で一一○番通報をした。
勢い良く店から飛び出したつかさの目前には人だかりが出来ていた。
倒れた男を囲うように出来た人の檻。
誰しもが口々に意見を述べ合い、興味本位のままに携帯のカメラで写真を撮っていたりもした。
つかさはその人込みを掻き分け、俯せに倒れている男へと手を伸ばす。
目は虚に半開きになったまま、僅かに唇が痙攣して動いていた。
手首の脈をそっと取ってみるとその男が死んでいることが分かった。
人の死に関わったのはこれが初めてでもないのだが、自分が関係の無いことだと分かっていても罪悪感は拭えない。
伸ばした手を自らの胸元で結び、唇を噛む。
「つかさ、警察すぐ来るて。」
要が携帯を手につかさの肩に触れるまで、つかさは微動だにしないままだった。
「へぇ…ホストが秋葉原でねぇ…」
その夜、つかさの兄吾郎の経営する時留探偵事務所では、元からローテンションのつかさとやけに気落ち気味な要のせいで重い空気が漂っていた。
吾郎は四十路も近い年齢というのにウェーブかかった髪を金色に染め、黒いサングラスをいつでもかけているので、見た目は探偵というよりホストやヤンキーに近い。
しかし、細身の体に黒いスーツを纏う辺りは流石につかさの兄というべきか良く似ている。
おまけにヘビースモーカーの辺りもつかさとそっくりであった。
時留探偵事務所は秋葉原からつくばエクスプレスで十五分程度の六町駅前にあり、歩いて十五分程度の場所に三人が共同生活をするマンションがあった。
かといっても、毎日誰かしらが仕事で出払っていることが多いので、三人が同時に寝起きする事などは殆ど無い事だった。
来客用のソファの、背もたれの方へと顔を向けながらつかさは横になっていた。長い足はソファからはみ出し、逆に寝にくいようにも見える。
「もうほんま一帯が血の海になっとって、俺あんなんテレビでしか見た事ないですわ」
要がカップに入れたコーヒーを運んでくる。基本的に雑用全般は要の仕事だった。
海外製と言われる大きな机の上にカップを一つ置くと吾郎は手を挙げる。
続いて横になっているつかさの顔を覗き込むも、目を開ける様子が無かったので、テーブルの上にカップと砂糖壷、そしてミルクを置く。
つかさは尋常で無いほどに甘党だったのだ。
最後に余ったカップに口を付けながら吾郎の手元を覗き込むと、何やら横文字のハードカバーを読んでいるようだった。
吾郎は本から視線を話さずに口を開く。
「で、その男の死亡を確認したのがつー君なんだ?」
『つー君』とは吾郎がつかさを呼ぶときの愛称の一つだった。しかし要が聞く限りではそれ以外にも幾つかつかさに対する呼び名があるらしい。
吾郎に声をかけられると、つかさはようやくソファから身を起こし、半ば不機嫌な視線を吾郎へと向ける。
「…そうだけど、それが何か?」
「判断基準は?」
「脈。」
「間違ってない?」
「多分…」
そこまで言うとつかさは視線を吾郎からテーブルの上に向け、置かれたカップの中にティースプーン五杯の砂糖を入れた。
その様子を見るだけで胸やけがしそうな要ではあったが、いつもの事でもあったので黙って口を押さえた。
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